この物語は、希望の光を探し求める人々の心の機行路。
第一章
忘れえぬ面影と、踏み出せぬ一歩
大原寅次郎が手がける舞台は、今や世界中を熱狂させていた。しかし、彼の心には、7年前に逝った妻、洋子の面影が、深い舞台の影のように鎮座している。その影を唯一、鮮やかな色彩で彩るのが、作曲家であるサキだ。 サキは、その卓越した音楽的才能だけでなく、寅次郎の仕事への情熱、そして何よりもその深い孤独を理解し、心から尊敬していた。歳の差など意に介さず、彼女の想いは深く静かに積み重なっていく。だが、ふとした瞬間に垣間見える寅次郎の洋子への想いに触れると、サキは一歩も踏み出せない。彼女の愛は、彼の過去という名の、見えない壁に阻まれていた。
そんな折、寅次郎はイタリアのオペラ会場で、運命的な再会を果たす。相手は、かつてドレスの研究スタジオで共に切磋琢磨した女性、横溝加奈子。彼女は今、ミラノコレクションからもオファーが舞い込む、世界的な衣類パターンデザイナーになっていた。。それ以来、自然と行動を共にするようになり、その女性との関係は、徐々に曖昧な付き合いへと変わっていく。洋子を忘れられない寅次郎にとって、それは喪失感を埋める、一時的な休息場所のようだった。 この話をサキから聞いたミヨは、静かに自分に言い聞かせた。
「諦めなさい、素晴らしいお相手。私とは別の世界の人」と。
それは、サキの胸の痛みを知るがゆえの、そして寅次郎への密かな想いを隠すための、ミヨ自身の苦渋の決断でもあった。
第二章
足を引きずる命と、未来を求む心
一方、カケルの心は、ずっと霧の中にいた。幼い頃の交通事故で両親を失い、自分だけが生き残ったという罪悪感が、彼の未来を遮っていたのだ。人生は儚い。生きる実感がない。サキのように明るく楽しむことができない。彼は、ただ前が見えないというモヤモヤの中で、日々を過ごしていた。 そんなカケルが心を許せる場所。それは、ミヨの家で暮らす、うさぎのラビットララ一家の存在だった。
ある日、ララ一家にとんでもない奇跡が起こる。母うさぎのビビが、4匹の子どもを産んだのだ。その4匹は、エマ、ビビ、リラ、そしてモフモフの大人うさぎたちに驚くほどそっくり。 ただ一つだけ、違っていた。 ララに似た淡い茶色の子うさぎ、ミケだけが、わずかに足を引きずっていたのだ。よく見ないと分からない、ひょこたん、ひょこたんという軽いびっこ。他の子うさぎたちは気にも留めない。 ところが、一家の長老であるララがそれに気がついた。
その日から、ララの献身的なナメナメが始まった。ララはミケをふわふわの体の真ん中に抱っこし、痛々しい足を、優しく、優しくナメ続けた。クスクス、ユルユル、ゴシゴシ。それは、まるで心を込めたマッサージのようだった。ミヨは笑いながらその光景を見守った。 カケルは、それを毎日見ていた。最初は半信半疑だったが、日に日に、ミケの足取りが確かなものになっていく。

そしてある日、奇跡が起きた。 ミケの足は、完全に動くようになっていた。他のうさぎたちと、当たり前のように駆け回れるようになったのだ。 カケルの胸に、熱いものが込み上げた。ララの無償の愛と、命の回復力に、彼は深い感動を覚えた。
「そうだ、介護士になろう」 その瞬間、長らく閉ざされていた未来の扉が、音を立てて開いた。神様が自分に与えてくれたのは、儚い人生ではなく、この命を支える未来かもしれない。カケルは、一瞬で決まったこの道こそが、ずっと前から自分の心が求めていた光だと悟った。
第三章
一番の星と、帰還の抱擁
カケルは、すぐにスマートフォンでサキにメールを送った。
「よかったね。わたしもカケルくんにピッタリな未来だと思う」
サキからのシンプルな返信に、カケルは胸が熱くなった。 「やっぱりサキちゃんは僕の一番の星だ」 彼は、サキのメールをじっと見つめた。その光景を、諦めを決めたはずのミヨが、複雑な想いで見つめていた。
その時、ミヨのスマートフォンに、ビデオ電話がかかってきた。
「ミヨちゃん、今大丈夫?」
画面に映ったのは、成田空港にいる寅次郎の顔だった。 「……」声が出ないミヨ。 「イタリアで考えたんだ。僕が世界で一番好きな人はミヨだって。ミヨがそばにいる時が、一番ホッとする時間だってね」 …やはり、言葉が出ない。ミヨの目に、大粒の涙が溢れだした。
変だな?成田飛行場だから、同じ日本。時差はないはずと、寅次郎はふと首を傾げる。
その時、画面の外から、カケルの実況放送が響き渡った。 「ミヨねえちゃんは、今、涙をいっぱいためて、言葉がでません。あー、テーブルの上に突っ伏しました。あーあー、ララ一家がみんな一緒にミヨの周りに集まりました。ミヨはどうしたのか?心配で心配でたまらないようです。寅次郎さま、早くお戻りくださいませ」
カケルの実況放送が終わると、成田とミヨの部屋の間には、ふんわりとしたララの毛並みのような、柔らかい空気が漂っていた。 寅次郎の迷い、サキの深い愛、カケルの再生、そしてミヨの戸惑い。すべての感情が、淡い茶色の子うさぎがもたらした小さな奇跡と、愛する人の帰還によって、静かに、そして暖かく結びついたのだった。
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カケルの決断と、寅次郎の帰還は、サキの心にも新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。
翌年、虎次郎は、40歳の誕生日にミヨに結婚を申し込んだ。もちろんOK。
ミヨ、おめでとう! 虎次郎、お幸せに。
ラビットララとその一家の喜びの音楽がこだました。

「あらら~ 虎次郎とミヨがラビットになっちゃた!」
「カケルとサキもラビットだ!」
ラビットララとカルテットとその子たちも大喜び。
めでたしめでたしめでたし
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