ぴょんぴょん物語2
奇跡のバンド:ララミーケル
キャラクター紹介
佐久間三代子(ミヨ): 19歳。作曲を学ぶ音大生。普段はしっかり者で弟思いだが、音楽の壁にぶつかり涙を流す一面も。カケルからは「ミヨねえちゃん」と呼ばれる。
佐久間 翔(カケル): 中学二年生。変声期や不登校を乗り越え、現在はコーラス部で充実した日々を送る。ミヨのことが心配で、優しさを持つ熱い弟。
ララとぴょんぴょんカルテット: ララ(母)、エマ、リラ、ビビ、モフモフ(子)のうさぎ一家。彼らが奏でる(?)ハーモニーと、音程に厳しい「ぴょんぴょんチェック」がバンドの鍵となる。
桜並木の涙と、弟のハミング
四月の風は、桜の花びらと不安の匂いを運んでいた。音楽学校からの帰路、佐久間三代子――ミヨねえちゃんは、満開の並木道をただうつむいて歩いていた。すれ違う人々が空を見上げるのとは対照的に、彼女の視線はアスファルトのひび割れに吸い寄せられている。

「ミヨねえちゃん!」
後ろから、少し低くなったけれど、力強い声が追いついてきた。弟のカケルだ。コーラス部帰りで、まだ喉が温まっているのか、少し上擦っている。
「カケルじゃない。どうしたの、こんな時間に」
ミヨは慌てて顔を作った。その瞬間、カケルは気づいた。笑おうとしたミヨねえちゃんの目の下に、涙の痕が乾いているのを。
「ミヨねえちゃん、何かあったでしょ?」
問い詰めるカケルに、ミヨは何も言わず首を横に振るだけ。
「バイトに行ってくる。ララたちの世話、よろしくね」
曲がり角を右へ行けば、ミヨのバイト先のコンビニ。左へ曲がれば、自分たちの住むオンボロアパートと、ウサギのララが待つ家。ミヨの背中が見えなくなるまで見送って、カケルはそっと喉を震わせた。
「ふふーん、ふふふん……」
最近終わったばかりの変声期。半年以上、人と話すのも嫌だった、あの不快な声が嘘みたいだ。今は、体の中から湧き出るように、綺麗な声が出せる。声が変わるのが嫌で、学校に行けなかった時期もあった。でも、今は楽しい。
それにしても、ミヨねえちゃんの涙。あんなに強くて、いつも笑っているミヨねえちゃんが、何を抱えているんだろう?
賑やかなオンボロアパートの音響実験室
玄関を開けると、即座に足元にモフモフの塊がまとわりついてきた。ラビットララだ。
「ただいま、ララ」
だが、それだけではない。ララを取り囲むように、小さなモフモフ軍団がぴょんぴょん跳ね回っている。エマ、リラ、ビビ、モフモフ――通称「ぴょんぴょんカルテット」だ。ミヨがうさぎ同好会からもらってきた四匹は、個性的だ。特にタレ耳で鼻ぺちゃのリラは、カケルが「ゴリラ」から「ゴ」を取って名付けた子だ。
彼らとの暮らしのおかげで、このオンボロアパートは「動物園」ならぬ「ウサギ天国」と化している。普通なら追い出されるだろうが、大家さんが何も言わないのは、家がオンボロすぎて「これ以上、壊れようがない」からかもしれない。隣のおじさんでさえ「ウサ公」と呼んで可愛がっている。
その親切なおじさん、先日、もう使わないからと古いギターを担いできた。
「坊やに使ってもらえれば本望だよ」
もう坊やではないぼくはしぶしぶもらった。使い方がわからないから……というのもしゃくだから、「ありがとう」と短い言葉でお礼をいった。そととの夜は大変だった。ギターを見るなり、興奮したミヨねえちゃん、「すごいじゃないの」とおおはしゃぎ。
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その日から、ミヨねえちゃんはギターを弾きながら作曲をした。「頭にピアノの鍵盤は入ってるけど、音が出ないしね。ギターなら音が出るから、作曲に最適よ」
ぼくはそうなんだというしかない。頭に鍵盤は入ってないし、ギターも弾けないから。でも、ちょっとだけ気が付いた。ぼくはハミングができる。ミヨねえちゃんの好きな音階「ら」だってお手の物さ。頭の音符が歌に合わせて、踊ってくれる。
ウサギたちが餌に夢中になっている頃、カケルはますますミヨの涙が気になった。あんなに動じないミヨねえちゃんが泣くなんて、尋常じゃない。ララに聞いても、知らん顔で遠くから子ウサギたちを見守っている。その様子はまるで、彼らの安全を見守る音の番人のようだ。
その時、玄関が開いた。ミヨが、コンビニの余り物を手に帰ってきた。
「バイト先で店長にもらったの」
二人がおにぎりを食べ始めた途端、ララとカルテットがテーブルの周りでぴょんぴょんと跳ね始めた。
「ねえ、何があったの?まさか、彼氏に振られたとか?」
カケルが冗談めかして言うと、ミヨはプイッとララと同じように鼻をツンツンさせた。
「彼氏なんていないもん。……でもね、実は……」
ミヨは、重い口を開いた。
「コンテストに出す予定曲、教授に見てもらったの。そしたら、『物足りない。君の曲には、何か欠けている。冷ややかで、ちっとも心が動かない。これじゃ入賞できないな』って言われちゃったの」
「へえ。その教授、耳と心が遠すぎるんじゃない」
カケルはわざと明るく言ったが、ミヨはフォークを振り回すだけで、笑わない。その夜は、重い空気に包まれたまま終わった。
欠けた音を探して
翌日、学校へ向かう道中、カケルはふと思い出した。
不登校だった一年間。ゲームばかりしていたわけじゃない。押入れの細い光の中で、頭に浮かんだ言葉を書き残していた。
この世界で、ひとりぼっちのぼく。 静寂の彼方に何がある?
消え去りたい。でも、呼ぶ声が聞こえてきた。
タケルくん、人生はこれからだよ
それは、辛い時、そっと声をかけてくれたミヨねえちゃんの声。そして、自分を大きな愛で包んでくれた、ララの心の声だった。
その夜、カケルはミヨねえちゃんに、そのノートを差し出した。乱雑だけど、当時のカケルの叫びと、孤独な自分を救った希望が詰まった言葉の塊。
ミヨは何も言わず、そのノートを受け取った。
翌朝。テーブルの上には、五線紙の山。インクの匂いと、テーブルの上に頭を載せて、両腕を枕にして、ミヨが眠っていた。

「タケル、ごめん。徹夜しちゃった。起こさないで」
その日から、ミヨの作曲が本格化した。ミヨがギターをつま弾くと、ララが鼻をツンツンさせたり、子ウサギたちが不規則にぴょんぴょんと跳ね回る。
ミヨは気づいた。彼らは、不快な音を嫌がり、心地よい音に反応しているのだ。
ミヨはカケルの詩を何度も読み返し、ララたちの反応を頼りに、音を紡いでいく。まるで、ウサギたちが、ミヨの曲に「温かさ」や「ハーモニー」を書き足しているようだった。
数日後、最終締め切り日。ミヨは晴れやかな顔で玄関に立った。
「今日こそ、精魂込めた曲を提出するぞ!タケル、ララ一家、えい、えい、オー!」
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それから一か月。ソワソワしていたのはカケルだけだ。ミヨはいつも通り。ララ一家もいつも通りぴょんぴょん。
栄光のハーモニー
そして、結果発表の日。
ミヨは学校へ向かったが、まもなく、すごいスピードで走って戻ってきた。カケルの学校へ!
「最優秀賞!最優秀賞ですってえええ!」
校庭から響き渡るミヨねえちゃんの叫びは、まるで魂の歌声だ。カケルが窓際に駆け寄ると、なんと職員室から校長先生まで顔を出して「おめでとう!」と叫んでいる。
ミヨねえちゃん、こんなに人気者だったんだ!
その日から、ミヨはカケルに歌の特訓を課した。そして、その指導役はララとぴょんぴょんカルテット。
「ラビットララ」とミヨねえちゃんの「ミ」、カケルの「ケル」を取って名付けた「ララミーケル」のメンバーたちだ。
彼らの特訓は、厳しい。カケルが少しでも音程を外すと、ララ&カルテットはカケルの周りを不快そうにぴょんぴょん跳ね始める。逆に、うまく歌いきれると、喜びの八の字跳びを披露してくれる。
そんな特訓の成果を出すチャンスが、文化祭のゲスト出演という形で訪れた。
「ララミーケル」は大人気となった。あちこちの文化祭、お祭り、ついには会社の式典にまで呼ばれるように。
彼らがステージに立つとき、必ずララ&カルテットはカケルとミヨのそばにいる。カケルがミスをすると、彼らはステージ上でぴょんぴょん跳ねて、お客さんを大喜びさせる。ミスは、たちまち最高のパフォーマンスへと昇華されるのだ。

バタバタと一年が過ぎた。ミヨは、厳しい音の番人たちのおかげで、自分の曲に欠けていた温かい音、人々の心に寄り添うハーモニーを見つけることができた。カケルも、自分の声に自信を持ち、歌うことの喜びを知った。
最優秀賞を取った時、学校中が喜んでくれた。
「生きるっていいな。友達っていいな。好きなことを頑張るっていいな」
カケルはミヨねえちゃんを見つめながら、心からそう思った。
そして、彼らの歌は、不登校だったカケルの経験と、ミヨの優しさ、そしてララたちの無償の愛が詰まっている。それは、ミヨが探し求めていた、人々の心に響き、幸せをもたらす「上を向いて歩こう」のような希望の歌となった。
カケルの足元で、ララ&カルテットが、最高のハーモニーを奏でた証のように、ぴょんぴょんと喜びいっぱいに跳ね回っている。
The End
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