ちょろちょろ川物語:少年ヒロくんとおばあちゃんの友情物語。楽しく面白い物語。小学4年生対象の童話です。
ヒロくんとさっちゃん
弓の形をした日本の西の小さな町に、ヒロくんは住んでいた。小学4年生、ピカピカの10歳だ。そして、ご近所には、いかにも昔の少女漫画から抜け出してきたような、小柄でキュートなさっちゃん(さつきさん、72歳)が暮らしていた。
二人の家の近くを流れるのは、名の通り、ちょろちょろとしか水が流れない「ちょろちょろ川」。普段は水が少ないせいで、川原はちょっとした砂利道になっており、それがヒロくんにとっては最高の練習場だった。なぜなら、ヒロくんは自称・世界一の自転車名人。川岸のサイクリングロードは、彼の専用サーキットなのだ。
絶滅危惧種って何?
今日も学校から帰宅するなり、ヒロくんは駐輪場へダッシュ!自転車を取り出したその瞬間、悲劇は窓からやってきた。
ギギギ……と、リビングの窓がいきなり開き、お母さんの顔、それも普段の二倍は怖い顔が現れた。
「ひろゆきぃ!もう4年生なんだから、そろそろ宿題と友達になりなさい!宿題は、あるんでしょうね?」
お母さんの声は、なぜか普段の二倍のデシベルでヒロくんに炸裂した。
「宿題なんて絶滅危惧種だよ!」
ヒロくんは、振り返りもせず叫び返し、ペダルを力いっぱい踏み込んだ。
「ちょ、絶滅危惧種って何よー!!」
お母さんの叫びをBGMに、ヒロくんはちょろちょろ川の土手へ飛び出した。こんな最高の天気の下、部屋で参考書と睨めっこなんて、人生の大損失だ!
さっちゃんとまさかの英会話
サイクリングロードをハイスピードで何往復かした時、ふと、土手の途中のベンチにいるおばあちゃんに気づいた。なんだか、じっとヒロくんのことを見ている。ヒロくんは、何かUFOに吸い寄せられるかのように、自転車をガチャンと止めて、おばあちゃんの隣へ。
「おばあちゃん、何見てるの?」
「あら、坊や。そのサギと、サギの隣にいるサギみたいなヒロくんの乗りっぷりをね」
さっちゃんが指さしたのは、川原でじっと獲物を待つ白いシラサギ。ヒロくんはカチンときた。
「あの、僕、坊やじゃなくて、ひろゆき。もう10歳!それと、サギじゃなくて自転車名人です!」
さっちゃんは「あらまぁ」と笑いながら手を合わせた。
「そりゃ、すまなかったねぇ」
ヒロくんは顔を傾げた。「すまないって、どんな意味?」
「あらら、すまない? えーっと、あれだよ。I’m sorry! っていう意味だよ。知ってる?」
ヒロくんは目を丸くした。「えっ!さっちゃん、英語ペラペラなんだ! Are you from America?」
さっちゃんは笑い転げた。「アメーリカ?ううん、ここから車で30分のところだよ。それに、ペラペラはI’m sorryとThank youだけだよ」
こうして、「坊や」発言とまさかの英語で、ヒロくんとさっちゃんはすっかり意気投合してしまった。
自転車名人と弟子のさっちゃん
実はさっちゃんには、どうしてもヒロくんに頼みたい「願い事」があった。
数年前に旦那さんを亡くし、運転免許も車もないさっちゃんは、スーパーへの買い物が大不便。大昔、独身時代に乗っていた自転車にまた乗りたいのだが、もう72歳。怖くて、怖くて、全然ペダルを踏めないのだ。
「お願いヒロくん!あんたの華麗なサギ走りを見て、さっちゃんももう一度自転車に乗りたくなったんだ!師匠になっておくれ!」
「よし、まかせて!」

こうして、自転車名人ヒロくん、72歳の弟子・さっちゃんへの特訓が始まった。
さっちゃんの自転車は、やたらとカゴが大きく、ド派手な花柄のカバーがかかっていた。
「さっちゃん、まずド派手なカゴから花柄をはがして!あと、視線は5メートル先!地面を見ちゃダメ!」
「あら、花柄は趣味なんだけどね!ヒロくんは教官としては辛口だねぇ!」
最初こそフラフラしていたさっちゃんだったが、ヒロくんの鬼教官ぶりと的確な指導(時々「坊や!」と怒鳴られてはいるが)のおかげで、たちまち上達!数週間後には、あのド派手な花柄の自転車で、スイスイとスーパーへ買い物に行けるようになった。
大事件発生!
そんな二人の友情がさらに深まる、ちょっとヒヤリ、だけど笑える大事件が起こった。
ある日の下校途中、ヒロくんはさっちゃんの家の玄関前で、見知らぬ、やたらとスーツのシワが多い男と鉢合わせした。しかも、二、三日前から、この男が近所をキョロキョロしているのをヒロくんは目撃していたのだ。
「ふしんじんぶつ! 学校で気をつけろって言ってたやつだ!」
ヒロくんは立ち止まらず、そのまま一目散に交番へダッシュ!
「お巡りさん!さっちゃんの家にスーツのシワがすごい怪しい男がいます!」
振り込め詐欺ゲキタイ
結果、さっちゃんは危うく振り込め詐欺に遭うところだった。ヒロくんの通報で駆けつけたお巡りさんのおかげで、男はすごすごと退散。危機一髪!

「あらー、ヒロくんのおかげで助かったよ」
さっちゃんは、安堵しながら笑った。
「詐欺師のサギって、毎日川で見てるシラサギと、文字は違うけど、なんだか名前が似てるねぇ」
ヒロくんがお巡りさんを連れてきてくれたことに心から感謝し、さっちゃんは頭を下げた。
「いやぁ、本当にすまないねぇ」
ヒロくんはニッと笑い、さっちゃんに「自転車名人からの逆襲」を食らわせた。
「さっちゃん、そこは『I’m sorry』じゃなくて『Thank you!』だよ!」
お巡りさんは、「サギ」の冗談と英語の逆襲を交わす二人を、思わず微笑ましく見ていた。
そして、ヒロくんは今日も、ちょろちょろ川の土手を、あのド派手な花柄の自転車に乗ったさっちゃんと、並んで走る練習を続けるのだった。
おしまい
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