ちょろちょろ川の七不思議
さっちゃんとカッパのお話
ポカポカ陽気の昼下がり。今年で72歳になるさつきさん、通称「さっちゃん」は、ちょろちょろ川の川岸にある年季の入ったベンチの上で、いつものようにお昼寝を楽しんでいました。
さっちゃんのトレードマークは、くっきりと一直線に切り揃えられた前髪。そう、昔流行った「おカッパ」ヘアです。さっちゃんは、この髪型がすっかり気に入っていて、72年間ずっとこのスタイルを貫いていました。

今日も「ふごー、ふごー」といびきをかきながら、うとうとしていたその時です。
「ポリポリ、クシャッ、ゴクッ……」
なにやら奇妙な物音がします。さっちゃんは、重たいまぶたをゆっくりと持ち上げました。遠くの方で、緑色のナニカが川岸にヨロヨロと近づいてきます。
「なんじゃらほい?」
さっちゃんは声をかけました。なにしろ、さっちゃんはかなりの近眼です。普段なら緑色のナニカが何なのか、さっぱり見えません。でも、なぜだか今日はよく見えます。緑色の物体は、きゅうりをまるかじりしながら、ニタ~ッと笑って、さっちゃんの目の前までやってきました。

「キミ! もしかして、僕の仲間?」
緑色のナニカは、さっちゃんを指差してそう言いました。さっちゃんはカチン!ときました。
「なんですってぇ!? このわたしが、この、漬物泥棒みたいなヘンテコリンなヤツの仲間だとぉ!?」
さっちゃんがぷんぷんと怒ると、緑色のナニカは首をかしげて、にこやかな顔で言いました。
「だって、キミ、すっごく立派なおカッパさんじゃないか! 僕とそっくり!」
「ええっ!?」
さっちゃんはびっくりして、慌てて川面に映る自分の姿をのぞき込みました。するとどうでしょう! そこには、なんと! 72歳のしわくちゃ顔ではなく、つやつやとした肌の、見慣れた「おカッパ」ヘアの小学3年生の自分が映っているではありませんか!
懐かしい! まるで古いアルバムをめくっているようです。さっちゃんは、その若返った自分の姿に、思わず声を上げて笑い始めました。
「では、あなたもカッパ! 同じ仲間だねぇ!」
さっちゃんの笑いは止まりません。すると緑色のナニカも、「へへーん!」と嬉しそうに甲羅を揺らします。その日から、カッパとさっちゃんは、ちょろちょろ川の秘密の友達になりました。
秘密の友達
`カッパと小学3年生に戻ったさっちゃんの毎日が、楽しくないわけがありません。
「さっちゃん、いくぞー! カッパの川流れだー!」 カッパが叫ぶと、さっちゃんは「よーし、任せるぞ、カッパ丸!」と、まるで舟に乗る殿様のように、どーんと背泳ぎで水に浮かびます。
カッパは「エンヤコラ! エンヤコラ!」と舟歌を歌いながら、さっちゃんの背中を一生懸命押します。さっちゃんは水面に浮かんだまま、お煎餅をポリポリ食べながら、「うむ、もう少し右じゃ! そこの石は避けるのだ!」と、ご満悦で指示を出しました。

きゅうりキャッチボール
ある日は、きゅうりキャッチボールです。 カッパが「それー!」とお皿のパワーで投げたきゅうりは、ビューン!と超速球。さっちゃんは「まだまだじゃわい!」と、それを華麗にキャッチします。しかし、最後の一個になったきゅうりを、カッパが思わず「パクッ!」と食べてしまい、「おーい! それはボールじゃろがい!」と、さっちゃんにげんこつをもらっていました。
毎日毎日、ちょろちょろ川には、さっちゃんとはしゃぐカッパの笑い声が響き渡ります。小学3年生のさっちゃんは、毎日が楽しくて楽しくて、まるで夢の中にいるようでした。
`しかし、その頃のちょろちょろ川は、まだ「あばれ川」と呼ばれていました。普段はおとなしいのに、ときどき台風が来ると、まるで怪獣のように暴れまくり、あちこちの家や畑を水浸しにしてしまうからです。木々や牛まで流されてくる日には、学校までお休みになってしまうほどでした。
そこで、えらい人たちが集まって、「何とかしなければ!」と行動を起こしました。 「川の流れを変えて、ダムを作り、川底を深くする!」 そんな大々的な工事が決定したある日のことでした。
お別れ
いつものさっちゃんの秘密基地に、カッパが寂しそうにやってきました。 「さっちゃん……お別れだね」
突然の言葉に、さっちゃんは驚いて、目がまん丸になりました。 「人間のためにいいことは、カッパには、ムリなんだ」 カッパは、いつもよりずっと小さな声で言いました。 そう、今までの、自然のままのちょろちょろ川は、カッパにとっては最高の住処でした。でも人間にとっては、洪水が怖い「あばれ川」だったのです。
「さっちゃんが、どこでも生きられる強い人になるように、あばれ川もおとなになる日がくるんだね。さっちゃん……バイバイ!」
そう言うと、カッパは寂しそうに、ちょろちょろ川の奥へと、すーっと消えていきました。
ヒロくん登場

「さっちゃん、何をもぐもぐ言っているのかなぁ?」 その声に、さっちゃんはハッと目を覚ましました。ベンチの上で、うとうとしていたようです。
「……ん?」
目の前には、元気いっぱいのヒロくんが、キラキラの自転車に乗って立っています。 さっちゃんは、まず自分の頭を触りました。「お…カッパ…じゃなくて、良かったわぁ」 それから、静かに流れるちょろちょろ川をじっと見つめました。川の流れは穏やかで、あばれていた頃の面影はありません。 「ちょろちょろ川も、頑張って大人になったんだねぇ」 さっちゃんは、カッパの言葉を思い出し、胸の奥が温かくなりました。
「さっちゃん、さぁ、自転車乗りの練習を始めよう!」 ヒロくんの声に、さっちゃんはやっと心を今に戻しました。 さっちゃんは、おばあちゃんらしい、けれど夢で得た勇気に満ちた、とびきりの笑顔を見せました。
「よーし! 今日はどこまででも行くぞー!」
夢でよかった……。 いや、もしかしたら、夢じゃなかったのかもしれません。
おしまい。
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