姫路城の光と影の謎
11月中旬、澄み切った秋空の下、私は姫路城の前に立っていた。通称白鷺城。そのあまりに真っ白な姿は、ただ息をのむほど美しい。しかし、連れたちは「もう歩きたくない」と城内への登閣を拒否。結果、私はおびただしい数の石垣と、幾重にも連なる白い城壁とだけ向き合うことになった。
だが、この「入城しなかった」という事実こそが、この城の持つもう一つの顔、そして数多の歴史の謎を私に教えてくれた。
◆姫路城:通称「白鷺城」

観光客の小ささが城の巨大さを際立たせる。

鉄壁の守り: 石垣と生きた防火壁
まず目を奪われたのは、天守を支える巨大な石垣。

◆荒々しい野面積みの迫力

究極の防火対策
この石垣の上に立つ城がなぜこれほど白いのか。それは、戦国を終わらせるための「究極の防火対策」だった。

生きた防火壁
さらに驚いたのは、お濠沿いの木々だ。ケヤキや常緑樹に囲まれた城。これらは単なる景観ではない。水分を多く含んだ広葉樹を植えることで、火災の延焼を防ぐ生きた防火壁の役割も果たしていた。美しさの裏には、生き残るための執念が詰まっている。

◆白漆喰総塗込(しろしっくいそうぬりこめ)は、火矢や鉄砲から城を守る最強のコーティング。

天才軍師・官兵衛の「究極の投資」
この地を語る上で欠かせないのが、黒田官兵衛。なぜ黒田官兵衛は姫路城を秀吉に譲った?
かつて小規模な砦だったこの城を、官兵衛はあっさりと秀吉に譲り渡した。なぜか。それは「信長・秀吉の時代が来る」と確信し、自らの拠点を差し出すことで、天下取りのパートナーとしての地位を不動のものにするための「究極の投資」だった。

◆官兵衛の冷静な生き残り作戦
「下剋上」が当たり前の時代。主君を裏切るのではなく、勝てる主君を勝たせて自分が世界を動かす。石垣のカーブを見上げていると、そんな官兵衛の冷徹な計算が聞こえてくるようだ。

千姫の最も幸せな10年間
城門へ向かう広い庭を歩くと、帯の櫓の隣、西の丸の百閒廊下の奥、千姫が過ごした場所を想う。

徳川家康の孫・千姫。政略結婚に翻弄された彼女が、本多忠刻と結ばれ、人生で最も幸せな10年間を過ごしたのがこの姫路城だ。出家後も将軍・家光の姉として君臨した彼女の心の拠り所は、間違いなくこの白壁の中にあった。

◆千姫とお菊さん
しかし、光があれば影もある。 近くには、皿を数える声が響くと伝わる「お菊さんの井戸」が。 華やかなパレードの主役になる千姫と、暗い伝説の中に閉じ込められたお菊さん。この対比こそが、姫路城の深みかもしれない。

白鷺城:大天守と三つの小天守
歩みを進めるごとに、城はその表情を変える。

◆五重六階の勇壮華麗な姿
左から見れば凛々しく、右から見れば威圧的。池田輝政が築いたこの大天守と小天守が連なる姿はどこから見ても隙がない。

駅から歩いてすぐのこの場所に、これほど完璧な「戦うための芸術品」が残っている奇跡とは何か?
明治時代にわずか23円50銭で売られ、取り壊しの危機にありながら、解体費用が高すぎて放置されたことで生き残ったという皮肉な歴史。この奇跡的な城は、今や、日本の至宝です。
◆歴史のトリガーを引く旅
青空、紅葉、常緑樹、そして白い城。色彩のシンフォニー。

11月中旬の短い一日。紅葉はまだ少し早かったかもしれない。城の中にも入っていない。けれど、外周をぐるりと回り、石垣を見上げ、木々の葉に触れたことで、私は教科書には載っていない「生きた歴史」のトリガーを引くことができた。
姫路城は写真スポットとして最高のモチーフでした。次は歴史好きの友人を連れて、あの迷宮のような天守閣の階段に挑みたい。その時はきっと、千姫が猫と遊んでいた穏やかな空気をもっと近くに感じられるはずだから。
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