高知の青空に映える愛しき城
姫路城の白く輝く姿に圧倒された後、高知へと向かった。 そこで出会ったのは、華やかさという言葉よりも「温もり」や「力強さ」が似合う、地元の人に深く愛され続ける可愛いお城。高知城を見学する前に、ホテルの廊下で見つけた、お千代さんの内助の功の手作りポスターは、温泉より熱い歴史物語だった。
遠くに仰ぎ見る高知のシンボル
◆いざ高知城へ
駐車場から公園に入ると、モダンなオブジェの向こうに、ちょこんと小さな高知城が見え、しばし、立ち止まる。

◆追手門(おうてもん)
歩みを進めるごとに、木々の向こうにどっしりと鎮座する姿が近づき、追手門に辿り着くと、そこには石垣の上に櫓が架かる壮大な入り口があった。かつての武士たちも感じたであろうその威厳に、背筋が伸びるような心地よい緊張感を覚えた。

ここで出会ったのは、鎧をまとったボランティアガイドの方。その熱のこもった解説に、私は一気に歴史の世界へ引き込まれた。 試しに『いつ火災で焼失したのですか?』と尋ねてみたところ、『1727年、享保12年です』と即答!その淀みない知識の深さに、『さすが!』と思わず心の中で拍手を送った。
内助の功:お千代さんが捧げた「黄金10枚」
広場で出迎えてくれたのは、勇ましい山内一豊の騎馬像。

馬の傍らで優しく見上げる妻・お千代(千代)さんの像。

◆ここで有名な「歴史豆知識」
「一豊が、一目惚れした名馬があまりに高価で諦めようとしたとき、千代は父からもらった大切な嫁入り道具の「黄金10枚」を差し出しました。「ここぞという勝負の時に」と持たされていた貯金を、夫の夢に託したのです。 この馬が信長の目に留まり、一豊は出世街道を駆け上がることになりました」
像を見上げると、二人の強い絆が今もこの城を守っているように感じられる。
穴太衆が積んだ強固な石垣
◆強固な石垣
本丸へと続く158段の階段を登りながら、視界を圧倒するのはその石垣。この石垣、実は織田信長の安土城も手がけた最強の石工集団「穴太衆(あのうしゅう)」によるもの。
石積みのスペシャリスト集団「穴太衆」とは?
近江(滋賀県)に本拠地があった集団。 石垣の角(すみ)の部分は、長方形の石を交互に組み合わせる「算木積み(さんぎづみ)」という強固な技法を駆使し、地震にも非常に強い構造を築いた。
野面積み(のづらづみ): 自然石を活かしたゴツゴツした造りは、隙間から雨水を逃がす「排水機能」に優れている。

石樋(いしどよ): 高知城独特の雨水を外へ飛ばす石の排水溝。

台風の多い土佐で城を守り抜くための、まさに「武士のリアリズム」が詰まった傑作です。
龍馬の志を育んだ厳しい身分制度
◆高知への深い愛情
城を見上げながら歩く観光客の中に印象的な女性がひとり。 「結婚して他に移り住んだけど、一年に一度は必ずこのお城を見に来るんです」 そう話す彼女の瞳には、この高知城への深い愛情が溢れていた。

しかし、この平和な光景の裏には、江戸時代を通じて続いた厳しい「上士・下士」の身分制度が存在した。 山内一豊の入国以来、地元の武士(下士)は、山内家と共に来た武士(上士)に道端で土下座を強いられ、雨の日に傘を差すことすら許されないほどの格差があったのです。
下士だった坂本龍馬や中岡慎太郎。彼らが「四民平等」を夢見て命をかけたエネルギーの源は、この美しい高知城のふもとで感じた、理不尽な身分制度への悔しさだったのかもしれない。
青空に映える、国の宝
◆天守閣
階段を登りきり、目の前に現れた天守閣は、青空に吸い込まれるような美しさで輝いていた。

10年をかけて築かれ、火災で焼失してもなお、地元の人々の手で再建された高知城。 一豊と千代の愛、穴太衆の知恵、そして龍馬たちが変えようとした歴史。 わずか2時間の散策でしたが、帰り道には、このお城が少しだけ身近な家族のように感じた。

石垣も見た目の綺麗さよりも、一刻も早く強固な守りを固める必要があったという時代背景。当時の切迫した情勢を物語っていますね。
石垣一つにも深い歴史があります。貴重な写真を撮ることができて、いい撮影旅でした。
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