日本三大桜・根尾谷淡墨桜

散り際の美学に涙する。日本三大桜「根尾谷淡墨桜」に宿る継体天皇の伝説と、作家・宇野千代が命を繋いだ奇跡の物語

守ろう!根尾谷淡墨桜

日本三大桜を巡る旅、最終回となる第3回目は、岐阜県本巣市(もとすし)の根尾谷に佇む「根尾谷淡墨桜(ねおだにうすずみざくら)」です。

樹齢はおよそ1500年以上。この桜が他の2本と決定的に違うのは、花の色が「ピンクから白、そして散り際には淡い墨色」へと変化する、切なくも美しい「引き際の美学」を持っている点。

古代の天皇が遺したロマン、そして昭和の文豪・宇野千代が人生を賭けてこの桜の命を救った、感動の実話をお届けします。

謎多き名君「継体天皇」と淡墨桜に隠された引き際の美学とは?

淡墨桜の始まりは、今から1500年ほど前の古墳時代(継体天皇の時代)に遡ります。ここで、この桜を植えたとされる「継体(けいたい)天皇」について調べてみました。

継体天皇とは?

26代天皇・地方から迎えられた異例の血筋

継体天皇は、当時の皇位継承者が途絶えかけた際、現在の福井県や滋賀県(越前・近江)の地方で人望を集めていた有力な皇族として、50歳を過ぎてから大和(奈良)の都に迎えられたという、日本の歴史上でも極めて異例な経歴を持つ天皇です。

都へ行く覚悟と、身代わりの和歌

皇位に就くため、それまで暮らしていた根尾谷の地を去ることになった継体天皇。都へ喜んで行くのではなく、この地に自分の妻と幼い子を遺していかなければなりませんでした。そこで、自分の「身の代わり(形見)」として一本の桜を植え、下記のような和歌を遺したと伝えられています。

「身の代と 遺す桜は 薄墨よ 千代にその名を 栄盛(さかえ)へと止むる」 (※古くから伝わる伝承歌自分の身代わりとして薄墨色の切ない情愛をこの木に託す、という意味が込められています)

満開の華やかさだけでなく、去り行くときに「淡い墨色」へと姿を変えるその引き算の美学は、まさに激動の時代を生き、この地を去っていった継体天皇の生き様そのものなのです。

桜に恋し、命を救った作家・宇野千代の情熱

大正11年に国の天然記念物に指定された淡墨桜ですが、実は昭和時代に「完全に枯死する寸前」まで追い込まれたことがあります。その絶体絶命の危機を救ったのが、作家であり、着物デザイナーとしても活躍した宇野千代さんでした。

80歳を過ぎても通い続けた恋のような情熱

昭和23年、宇野千代さんは初めて淡墨桜を目にします。しかし当時の淡墨桜は、度重なる台風の被害で主要な枝が折れ、いつ枯れてもおかしくない悲惨な状態。

その痛々しくも神々しい姿に一瞬で恋に落ちた宇野さんは、「この桜を絶対に死なせてはならない」と決意します。

宇野さんは自身の知名度を活かし、新聞や雑誌、ラジオを通じて全国に「淡墨桜を救おう」と寄付や支援を呼びかけました。

さらに、時の岐阜県知事を動かし、現代でいう「桜のドクター(樹木医)」である前田利右衛門氏を招聘。根に栄養を送るため、232本もの山桜の若根を接ぎ木するという、当時としては前代未聞の大手術を成功させたのです。

宇野さんはその後、80歳を過ぎても、90歳を超えても、春になるとこの根尾谷の淡墨桜の元へ足を運び、愛おしそうに桜を見上げていたといいます。

作家としての華やかな活動の裏で、「一本の桜の命を守る」ことに人生の情熱を捧げた宇野千代さんの深い愛がなければ、私たちは今日、この桜を見ることはできなかったのです。

写真で巡る根尾谷が育む淡墨桜

① 能郷白山を借景に咲く厳かな姿

淡墨桜の背景にそびえる、美しくも冷厳な残雪の山。この山の名は「能郷白山(のうごうはくさん)」(標高1,617m)です。

岐阜県と福井県の県境に位置し、古くから霊峰として崇められてきた山。白く輝く雪山をバックに、淡いピンクや白に染まる淡墨桜の姿は、神話の世界のような厳かさがあります。

② 激動の歴史を物語る、枯れた主幹

近づいて見ると、かつて命の危機に瀕したことを物語る、ゴツゴツと枯れた主幹の痛々しい姿が目に入ります。しかし、これこそが宇野千代さんたちが救った命の証。枯れた幹を支えにしながら、新しい枝が外側へと力強く伸びています。

③ 青空へ突き進む、満開のダイナミズム

枯死の危機を乗り越えたとは思えないほど、青空に向かって力いっぱいに枝を広げ、満開の花を咲かせる姿には、言葉を失うほどのエネルギーが満ちています。

④ 全国から愛される、賑わいの園

宇野千代さんが全国へ呼びかけた愛は今も生きており、開花シーズンには全国からその姿を一目見ようと多くの観光客が訪れ、優しい賑わいに包まれます。

⑤ 根尾川の悠々たる流れ

淡墨桜のすぐ近くを流れる清流の名は、「根尾川(ねおがわ)」です。日本有数の透明度を誇り、鮎釣りの名所としても知られるこの美しい川の水と、根尾谷の清らかな空気が、1500年もの間、桜の命を潤し続けてきました。

⑥ 散り際に魅せる、のびやかで淡い「墨色」の奇跡

蕾のときは薄いピンク、満開時はおのずと白くなり、そして散り際には特有の「淡い墨色(灰色)」を帯びていく花びら。のびやかに広がる枝の先で、静かに、しかし誇り高く散っていくその淡い色彩は、見る者の心に深い感動を残します。

まとめ:受け継がれる命と、日本の美の原点

継体天皇が1500年前に遺した情愛の和歌。そして、昭和の時代にその命に恋をし、文字通りすべてを捧げて救い出した宇野千代さん。 根尾谷淡墨桜がこれほどまでに美しく、儚く、そして力強いのは、幾人もの「人間たちの強い想い」がその木に宿っているからに他なりません。

能郷白山の残雪と、根尾川の清らかな流れに抱かれたこの奇跡の桜。その「淡い墨色」の引き際の美学に逢いに行ってみませんか。

シーズン中の根尾谷周辺の道路は、一本道のため気の遠くなるような大渋滞が発生。車だと駐車場に入るだけで1日の大半が終わってしまいます。大垣駅から樽見鉄道を使えば車窓からの素晴らしい根尾川の景色も楽しめます。
すてきな写真を撮るためにもぜひ電車をお勧めします。

東京駅からのアクセス

東京方面から公共交通機関(新幹線・在来線・ローカル鉄道)を使って、淡墨桜(淡墨公園)へ向かう王道ルートです。

ルート:所要時間:約3時間30分

  1. 東京駅 ➔(東海道新幹線「のぞみ」など:約1時間40分)➔ 名古屋駅
  2. 名古屋駅 ➔(JR東海道本線 新快速:約20分)➔ 大垣(おおがき)駅
  3. 大垣駅 ➔(樽見鉄道:約1時間)➔ 樽見(たるみ)駅
  4. 樽見駅 ➔(徒歩:約15分)➔ 根尾谷淡墨桜(淡墨公園)

各ステップの詳細と旅の醍醐味

  • 新幹線で名古屋、そして大垣へ 東京駅からまずは東海道新幹線で名古屋駅へ。名古屋駅からJRの快速列車に乗り換え、約20分で大垣駅に到着します。
  • 名物ローカル線「樽見鉄道」の旅 大垣駅からは、地域の足であるローカル線「樽見鉄道(たるみてつどう)」に乗り換え。終点の樽見駅まで約1時間の乗車ですが、車窓からは美しい「根尾川」の渓谷美をずっと眺めることができ、これ自体が素晴らしい観光になります。
  • シーズン中は「桜ダイヤ」が運行! 桜の開花シーズン中、樽見鉄道では電車の本数を増やす臨時ダイヤ(うすずみブルーライナー等)が運行されます。終点の樽見駅からは、案内看板に沿って清々しい空気を吸いながら徒歩15分ほど坂を登ると、目の前に圧倒的な淡墨桜が現れます。

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