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日本の美:花菖蒲を撮影

江戸文化が花菖蒲を育てる

色彩の魔術師ともいわれる花菖蒲。優美な花形が魅力的だ。日本の野山のあちこちに自生していたノハナショウブが原種。江戸時代中期から育成が盛んになり、現代へと受け継がれてきた。  

江戸時代後期、旗本の松平定朝(菖翁)は武士というより、園芸家。人生84年間を花菖蒲の育成、改良に費やした。

余談を一つ。彼の父親松平定寅は鬼平犯科帳の長谷川平蔵の4歳年上、二人は職務上の確執があったと歴史書に残されている。

定寅もまた花菖蒲を愛し、武士としての評判は悪いが、花菖蒲の育成を息子に託したのは称賛できる。園芸は茶道や和歌と同様、当時の武士や公家の教養の一つだった。

明治時代になってから、天皇が、愛する皇后のために自ら設計し、作り上げた明治神宮の菖蒲園。皇后がゆっくり散歩できるようにとの配慮深い設計で築かれ、令和の今も大切に守り育てられている。

明治神宮の菖蒲園:遊歩庭園

明治神宮の菖蒲園:散歩用の小道を設ける。遊歩庭園作り
photo by Mr.Soutan

☘️明治神宮の花菖蒲園では江戸系花菖蒲、菖翁花(松平定朝が改良)が大切に守られ、育てられている。

Mr.Soutanの写真術:3つのコツ

①視点を横や上へ移動して撮る

②花びらの色、形、しわなど陰影に注意

③一番美しいと感動した花を撮る

浮世絵の花菖蒲:広重&国英

歌川広重の遠近感のある花菖蒲

歌川広重の遠近感のある花菖蒲

1857年 歌川広重「名所江戸百景 堀切の花菖蒲」

現在の葛飾区堀切周辺には広大な花菖蒲園があった。
横から描いている。視点の工夫でより遠近感を演出している。

歌川国英の背景効果の花菖蒲

歌川国英の背景効果の花菖蒲

1853年 歌川国英「名所木母寺 堀切花菖蒲」

美人画の背景に花菖蒲。
美人をより美しくする効果をすでに確立していた。

視点を横や上へ移動して撮る

☘️広重のすごさは視点の移動。花菖蒲をどんな視点から描くのがより美しいかを探究。その考えはおそらく蔦谷重三郎がアドバイスしていたに違いない。

広重は花菖蒲を横から捉え、しかも遠くに花菖蒲を描くことで、堀切の花菖蒲園の広さをアピールしている。宣伝用として効果抜群。庶民をワクワクさせる原動力になった浮世絵。

世界に自慢できる日本の花菖蒲

広重の浮世絵:モデルの花菖蒲

真横から見て写真を撮るのも正攻法

世界に自慢できる日本の花菖蒲
広重の浮世絵:モデルの花菖蒲
photo by Mr.Soutan

上から眺めて美しく見えるように品種改良

上から眺めて美しく見えるように品種改良
photo by Mr.Soutan

松平定朝(菖翁)

江戸幕府の旗本が花菖蒲の親

松平定朝は江戸後期、花菖蒲を84歳で亡くなるまで、品種改良を繰り返し、200種以上の花を生み出した園芸家。
江戸時代の身分の高い武士や公家階級の人々は園芸を茶道と同じように愛していた。そのブームは江戸時代、庶民にまで広がった。旗本である松平定朝の品種は大評判。彼の邸宅には多くの人が押しかけて、門前で市まで開かれるようになったそうです。

彼のゆかりの地、伊予国松山から届いた陸奥安積沼の品種花且美(はなかつみ)の実から、品種改良をさらに続け、花の色、形の変化の美にのめりこんでいった。

それは京都町奉行になった時も続いた。花菖蒲を江戸から運び、育成し、なんと天皇に献上さえした。

江戸から京都へ花菖蒲を往復させた。宅配便も車もない時代、何日もかけて、どうやって運んだのか? 松平定朝にタイムスリップして教えてもらいたい。

隠居は彼にとってはすこぶる幸せ。職を辞してからの彼は花菖蒲にすべてを注ぎ込み、200種以上の品種を生み出した。さらに彼は著書「花菖培養録」を残し、花菖蒲の育成を後進に託した。

花菖蒲は外側の花びらに黄色の筋

☘️真上から撮影するとめしべおしべがよく見える

真上から撮影するとめしべやおしべがよく見える
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☘️江戸時代の人々は花菖蒲を上から鑑賞していた。

花形には、三英咲き(3枚の弁が大きく目立つ)、六英咲き(6枚の弁)、八重咲き(幾重にも重なる)がある。

六英咲き(6枚の弁)

六英咲き(6枚の弁)
photo by Mr.Soutan

☘️背景をぼかし白みがかった花びらを美しく撮る。

背景をぼかし、白みがかった花びらを美しく撮る。
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☘️花びらの形は優美という花言葉そのもの。

三英咲き:3枚の弁が大きく目立つ

三英咲き:3枚の弁が大きく目立つ
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網目模様の流れと色の濃淡を撮る

網目模様の流れと色の濃淡を撮る
photo by Mr.Soutan

八重咲き(幾重にも重なる)

八重咲き(幾重にも重なる)
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☘️欧州原産、明治時代に伝わり野生化した「キショウブ」を品種改良し、磨き上げた個性的な黄色い花菖蒲。

花びらの形、しわなど陰影に注意
photo by Mr.Soutan

上向きに広がった受け咲きの特徴を撮る

花びらの形、しわなど陰影に注意
photo by Mr.Soutan

どんな花形も個性とみなす寛大なる花菖蒲の世界。写真を撮る側としてはその多様さに感謝。花びらの陰影を撮るスキルアップの練習ができる。

一番美しい感動した花を撮る

☘️これは松平定朝(菖翁)が花菖蒲の品種改良を続けた理由と似ている。彼は美しい花菖蒲「宇宙」を最高の美とした。

☘️写真も自分が一番美しいと感動したモチーフにスポットを当てて撮る。これこそ、良い写真を撮るモチベーションになる。

江戸系ヒストリー

江戸・堀切の花菖蒲園

江戸時代後期、松平定朝(菖翁)が生涯をかけて品種改良を繰り返し、200種以上の花を生み出した江戸系の花菖蒲。菖翁から花菖蒲の株を分譲された万年禄三郎や、小高伊左衛門を通して、さらに品種改良が行われ、変化のある品種が次々生まれた。

☘️江戸・堀切周辺(現在の葛飾区堀切一帯)に花菖蒲園が造成され、様々な品種群が育成、栽培されていった。

☘️明治神宮の菖蒲園にも江戸系花菖蒲の中でも由緒ある品種が大切に受け継がれている。

江戸系の花菖蒲は茎が剛直で庭植え可能

江戸系の花菖蒲は茎が剛直で庭植えできる。
photo by Mr.Soutan

きりりとした江戸時代の芸者さん?

きりりとした江戸時代の芸者さん
photo by Mr.Soutan

花菖蒲の蜜はさぞ美味しいでしょう!

花菖蒲の蜜はさぞ美味しいでしょう!
photo by Mr.Soutan

花菖蒲のような大輪の花はスマホできれいに撮れますよ。ぜひ試してください!

肥後系ヒストリー

肥後系(菖翁との約束は門外不出)

肥後熊本藩の細川斉護が松平定朝(菖翁)に何度も譲って欲しいと頼んでも断られ、奥の手を使った。自分の部下である藩士を弟子入りさせ、菖翁の手足にさせた。その弟子の誠意に感銘した松平定朝(菖翁)は門外不出を条件に自慢の花菖蒲を譲った。その品種が肥後六花となって今日に受け継がれている。

☘️門外不出なのになぜか県外へ。大正時代に守る会の会員が外へ持ち出してしまった。今はしっかり守られているそうです。

見る人を感動させる肥後の花菖蒲

見る人を感動させる肥後の花菖蒲
photo by Mr.Soutan

肥後系は六英咲き(6枚の弁)が多い

肥後系は六英咲き(6枚の弁)が多い
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美しい大輪を咲かせる室内鑑賞用花菖蒲。堂々としているが、実は雨風に弱い。

美しい大輪を咲かせる室内鑑賞用花菖蒲。堂々としているが、実は雨風に弱い。
photo by Mr.Soutan

伊勢系ヒストリー

伊勢花菖蒲は身近で撮影できる

江戸時代の後期、三重県の松阪地方で作り伝えられてきた系統。この系統は少数の人々の間で伝えられていた。
しかし、三重大学の冨野耕治博士の努力により、一般に知られるようになった。
この伊勢系花菖蒲は現在、松阪市の松阪三珍花会が保存に努めている。垂れ咲きの三英花が特徴。

女性的で柔らかい形状

女性的で柔らかい形状
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三重県がお勧めする伊勢花菖蒲

三重県のご推薦の花菖蒲
photo by Mr.Soutan

鉢植え栽培に適している

☘️花と葉の背丈が低く、ほぼ一緒なので、鉢にまとめやすい。自宅で育てられるし、写真もスマホで手軽に撮れる。

鉢植え栽培に適している
photo by Mr.Soutan

様々な種類がある花菖蒲。日本全国にある菖蒲園を回るだけでも一生かかりそう。また、花菖蒲を丹念に育てる人々に心から感謝します。

観光名所

花菖蒲の風景に、点景として、人や船を入れると臨場感が出て思い出に残りやすい。

☘️5月から6月は日本全国で花菖蒲が開花します。

全国で有名な花菖蒲園

🔵岩手県平泉の世界遺産「毛越寺」300種、3万株の花菖蒲
🔵北海道厚岸(あっけし)約30万株のヒオウギアヤメ
🔵小田原城の花菖蒲はアジサイと一緒に城内を彩る

☘️平泉の世界遺産:毛越寺(もうつうじ)
広大な庭園の毛越寺にある美しい大泉が池周辺のあやめ園に300種、3万株の花菖蒲が咲き誇っているのを見た時は、言葉も出ないぐらい感動した。

☘️小田原城の花菖蒲園からはお城が見え、夜のライトアップも見事です。一度は行ってみる価値があるはず。

千葉県にある花菖蒲園

🔵香取市の水郷佐原あやめパーク
🔵佐倉市の佐倉城址公園
🔵袖ケ浦市の袖ケ浦公園
🔵市原市のいちはらクオードの森

佐原水生植物園の花菖蒲

千葉県に素敵な花菖蒲園がある理由とは?

千葉県には水郷や歴史的な場所、公園など、いろんな所で美しい花菖蒲を楽しめる。
その理由は歴史的な場所や公園に菖蒲田があり、水郷や緑豊かな環境を県や自治体が誇りを持って、独自に整備しているから。

江戸時代からの水路を生かす

水路を生かした伝統行事。前景に花菖蒲の群落、江戸時代を演出した衣装を着て、祭囃子を演奏しながら船を進める。
この瞬間を撮りたくて、カメラを構えじっと待っていたのだ。
さあ シャッターチャンス!

photo by Mr.Soutan

緑豊かな環境で守られている花菖蒲園

緑豊かな環境の中で守られている花菖蒲園
photo by Mr.Soutan

花菖蒲は品種改良の結果、約2000種以上もあり、厳格にはどの系列化を断定するのは困難。このブログの写真のコメントも100%正確と言い切れない。

専門家の皆様もあまりに品種が増え過ぎ、名称、系列などが混乱するという弊害に気づき、原点に戻す努力をされている。

花菖蒲は基本的に花弁のつけ根が黄色で、アヤメのような網目模様はなく、葉幅は狭く、葉脈がはっきりと隆起している。
三英咲き(さんえいざき)と呼ばれる3枚の弁が目立つものと、6枚の弁が広がる六英咲き(ろくえいざき)、そして八重咲きなどがあり、品種の育成地によって、江戸系伊勢系肥後系の3タイプに大別される。

しかし、これらの交配した花菖蒲が多数あるのでプロでも正確に分けることは難しい。

細かいことはさておき、おおらかに写真を楽しんでください。

毎月1日と15日に更新。お楽しみに!

花菖蒲って奥が深いですね。お殿様も愛したという花菖蒲。ぜひ見に行きたい。ゆとりのある方、ご自宅でも育ててみませんか。

💑おまかせ花菖蒲 3号( 5ポット)


💑花菖蒲 潮流(チョウリュウ)江戸系


💑花ギフト:男の子 花しょうぶ鉢植え


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幸せを招く花と部屋

幸せを引き寄せる花と部屋は悩みやストレなたを解放します。優しい色はあなたの味方。彩り豊かな幸せ色で満ち溢れた絵をご覧ください。きっとあなたは幸せに包まれることでしょう。

ピンクや白い花は優しく包んでくれる

ピンクや白い花々は優しく包んでくれます
painted by Ms.Distel

穏やかな色の部屋は心に和みの贈り物

穏やかな色の部屋は心に和みをプレゼント
painted by Ms.Distel

バラ色はアントシアニンが作り出す

ピンクのバラはアントシアニンで幸せ運ぶ
painted by Ms.Distel

部屋中の明るい色はあなたのサポーター

部屋中の明るい色はあなたのサポーター
painted by Ms.Distel

淡い高貴な紫色で心を静かに支えます

淡い高貴な紫色で心を静かに支えます
painted by Ms.Distel

ハチの好む黄色は人にも幸運を招きます

ハチの好む黄色は人にも幸運を招きます
painted by Ms.Distel

自然の様々な色は人の心を魅了する

自然の様々な色は人の心をときめかします
painted by Ms.Distel

中と外が繋がる部屋は人の心を癒す

中と外が繋がる部屋は人の心を遊ばせます
painted by Ms.Distel

花の優しい色こそが人を安心させます

花の優しい色こそが人を安心させます
painted by Ms.Distel

白をベースにした部屋は広く感じる

白をベースにした部屋は解放感があります
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ガラスの花瓶の透明感は涼やかさを演出

ガラスの花瓶の透明感は涼やかさを演出
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高台の古いマンション、でも素敵!

高台の古いマンション、でも素敵!
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蝶が好きな赤みがかった色は人も大好き

蝶が好きな赤みがかった色は人も大好き
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オレンジ色は食欲が出る健康の源

オレンジ色は食欲が出る健康の源
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籐の籠でふんわり温かい花を運びます

籐の籠でふんわり温かい花を運びます
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部屋中、花の絵であなたをお出迎え!

部屋中、花の絵であなたをお出迎え!
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野の花がシンプルな花瓶で自由を謳歌

野の花がシンプルな花瓶で自由を謳歌
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籠いっぱいの花で幸せを招き入れます

籠いっぱいの花で幸せを招き入れます
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白い胡蝶蘭は「成功」をあなたにお約束

白い胡蝶蘭は「成功」をあなたにお約束
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幸せはあなた次第

幸せは人によって千差万別。でも、あなたの心を幸せに保つのは誰にも邪魔できない。どんなに辛いときでも、優しい絵を見るだけであなたは救われます。どうか時々、このページに遊びにきてください。そして、幸せになってください。

いつもあなたを応援しています。

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AI画像:絵作りのコツ

絵作り:基本三カ条

1 モチーフ:何を描きたいのか?

2 主役と脇役:何をメインに描きたいのか?

3 構図:視点をどこに置くのか?

絵の技法は様々。しかし、アナログ・デジタルにかかわらず基本は3つ。これを押さえればいい絵が自ずと描けます。

モチーフ:何を描きたいのか?

昨年の秋に眺めた姫路城

絵の醍醐味

昨年の姫路城への旅は、晩秋だったため、紅葉も終わり、白亜のお城だけではちょっと寂しく思いました。でも、その枝ぶりを心にインプット。想像で桜をイメージ。自分が描きたいと思った対象物をとことん想像して描く。心の思いを表現できるのは絵の醍醐味です。

桜咲く姫路城
painted by Ms.Distel

オランダのキューケンホフ公園

イメージを膨らませる

コロナ禍の前の年に出掛けて感動。ちょうどチューリップだけでなく、桜や水仙が満開。公園をじっくり歩いた記憶が夢の中で再現されて、絵を描く動機になってます。イメージはどんどん進化し、美化されて、実際より美しく描かれているかも。

オランダのキューケンホフ公園
painted by Ms.Distel

主役と脇役:何をメインに描きたいのか?

真ん中に座っている主役のメリー

吾輩は猫である

背景に猫を描きすぎました。デジタル絵画ではコピーができるので、全部描かなくても大丈夫。でも、今回は全部大きく描いて縮小し、それらをランダムに並べて脇役に。主役、脇役を少し誇張し過ぎです。 「吾輩は反省中!」

吾輩は猫である
painted by Ms.Distel

ロシアがウクライナに侵攻する前

カラフルなロシア正教会

ロシアがまだ紛争を起こさない平和な時期にロシアを訪問、カラフルな教会の外観に圧倒された。金色は天の栄光、青色は聖母とそれぞれの色に意味があるらしい。ビザンツ帝国からの流れを受けたロシア正教会。ヨーロッパの他の教会とは異なります。主役に正教会をどんと置いて、脇役は空と雪。いかがでしょう?

カラフルなロシア正教会
painted by Ms.Distel

構図:視点をどこに置くのか?

風景を眺めるとき、視点は大切な要素

視点をどうするか?

悩んだ時には、必ず、川や道、地平線などを見つける。
それをどう画面の上で役立てるか?
道があり、その方向の先に小さな家や木々を置く。
半分より下に陸地を置き、山々を配置し、空を描く。
このように、画面を三分割すると穏やかな風景画が生まれる。
その際、視点は目の高さ。一点透視図法とか、二点透視図法とかいろいろ設計図のようなルールはあるけれど、実際に見て描く人が勝ち。その時は、周囲を少し省略して、遠近感や奥行き感を表現する。実物とそっくりは描けっこないのだから、自分の想像力をたくましくし、色や雰囲気を自分の好みにする。

視点の流れ
painted by Ms.Distel

桜並木で遠近感を楽しむ

道は遠近感の最強アイテム

昨年までご近所にあった桜並木、老木だからと全て伐採されてしまった。今年はその思い出を絵にするしかない。思い出だから、自分の記憶に頼るしかない。それは絵には最高の条件。この世にないから、写真では表現できない。絵万歳です。

桜並木で遠近感を楽しむ
painted by Ms.Distel

パソコン絵画に感謝の人生

パソコン絵画は様々な画像ソフトがあります。ツールも異なりますが、絵の基本は同じです。どんな画像ソフトを使っているかより、何を描きたいかが大切です。そして、少なくても3個は使いこなすことができると応用が利きます。
私は、「水彩」「Photoshop」「クリップスタジオ」「ペインター」その他、「Canva」時々、パソコンを離れて、実際のキャンバスを使うこともあります。

たまに「どのソフトでどうするの?」と質問されますが、ほとんど覚えていません。無意識で描いて、時間さえ忘れてしまいます。
パソコン絵画。人生でこんなに楽しい絵作りができることを心から感謝してます。

絵を愛する心を養うことは人生で価値あること。幼い頃からの環境作りも大切。ピカソのお父さんが画家でなかったら、ピカソは存在しなかったかもしれません。

お子様用:水彩道具セット


お手軽画像ソフト


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6月の尾瀬の美を撮る

「夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 遠い空」名曲「夏の思い出」は、1949年にラジオ番組で放送された。その後「尾瀬ってどこ?」「水芭蕉ってなに?」の尾瀬ブームが始まった。

尾瀬は日本列島のほぼ中央に位置し、福島県・栃木県・群馬県・新潟県の4県にまたがり、東京ドーム約8,000個分の広さ。
尾瀬ヶ原の標高が1,400m。尾瀬沼が標高1,660m。
周囲には燧ヶ岳(ひうちがたけ)、至仏山(しぶつさん)、会津駒ヶ岳、田代山、平ヶ岳など、さまざまな山があり、そこから流れる水が水芭蕉を生育している。

尾瀬の魅力は湿原の美しさ、高山植物、湖沼などの自然環境、そして学術的価値の高さが挙げられる。

そんな魅力あふれる尾瀬にカメラを担いで登る途中で、若い女の子たちが苦しそうな呼吸で話しているのを耳にした。
「テレビでは広々とした湿地帯を人々が歩いているだけ、しかも平坦な木道を。ちがうじゃん」

尾瀬ヶ原が1,400mの標高とはテレビでは放映していない。平坦な湿地帯を、のんびり歩く姿だけを映像で見ただけの彼女たちはとにかく軽装。認知度が上がったのはいいけど、大切な自然を守る意識がどこまであるのか心配になった。

まあ、それはともかく、重いカメラを持ってきた目的は山々と湿原の風景、そして水芭蕉を撮影するぞと意識を集中させた。

可憐な水芭蕉には誰もが魅了される

水芭蕉の咲く尾瀬を撮影

山や水芭蕉を撮る3つのコツ

Mr.Soutanの写真術:山や水芭蕉を撮る3つのコツ

①風景写真では地平線の位置が大切

②白い花を撮る時はホワイトバランス調整

③水芭蕉を下から撮るので下半身を鍛える

尾瀬の山々

至仏山と燧ケ岳

至仏山(しぶつさん)

①風景写真では地平線の位置が大切

雪化粧がまだ残る標高2,228m 至仏山(花の宝庫)

地平線をどこにとるかは構図の基本。山が主役なら地平線を三分割の一番下の部分にして撮る。

至仏山(しぶつさん)

至仏山から海底の古生物「ウミユリ」の化石が発掘された。 山の鼻ビジターセンターにウミユリの化石が展示してある。興味のある方はぜひ立ち寄って、ご覧ください。

燧ケ岳(ひうちがたけ)

尾瀬ヶ原と尾瀬沼の産みの母?

燧ヶ岳(ひうちがたけ)標高2,356m
福島県の最高峰。数万年前に燧ケ岳の噴火により只見川や沼尻川がせき止められて、尾瀬ヶ原と尾瀬沼が誕生した。

そびえ立つ燧ケ岳

聳え立つ燧ケ岳

なぜ木道がある?

木道は、ぬかるんだ湿原を歩きやすくするために設置された。また、湿原を保護するためにも木道が整備されている。

水芭蕉の群生と燧ケ岳

左側に木道、右側に水芭蕉、その先に白樺や雑木林。遠方に燧ケ岳。風景の中で大切な遠近感を表現するには木道が重要な役目を持っている。奥に行くにつれて細くなる木道。それが山へと向かっている。この構図を得た瞬間、重いカメラが急に軽くなった。

水芭蕉の群生と燧ケ岳

水芭蕉の思い出

水芭蕉の英名は?

こんなに日本では愛され親しまれている水芭蕉。英語に訳すると「white skunk cabbage」(白いスカンクのキャベツ)

水芭蕉が白いスカンクとは何ごと?

アメリカで見た時の水芭蕉は黄色だった。しかも強烈な悪臭。クロユリを思い出して、慌てて鼻を遠ざけた。でも、日本の水芭蕉はほんのり甘い香りがする。世界に水芭蕉はこの二種類といわれても、納得できない自分がいた。確かに形は似ているが。

ちなみに水芭蕉の花言葉は葉に包まれて咲く姿にどこか懐かしさと美しさを感じることから「変わらぬ美しさ」。これは同感。

写真で水芭蕉をご案内

主役が水芭蕉。構図の80%を使う。

写真で尾瀬の水芭蕉をご案内

水芭蕉が群生で咲く理由?

水芭蕉は種を水の流れで運ぶので、川沿いに沿って芽を出す。だから、清流の流れる尾瀬は最適な環境。

水芭蕉が群生で咲く理由?

子孫繫栄は尾瀬の清流のおかげです。

ヒグマの大好物は水芭蕉の根っこ

ヒグマは冬眠する前に水芭蕉の根っこを食べて毒素を排出してから、クマザサを食べ、体内を浄化させてから冬眠。目が覚めると美しい花を咲かせる水芭蕉を愛でる。
「秋になったら、食べてやるぞ! 美味しくなれ!」
ヒグマが思っているかどうかは知らないが。

ヒグマの大好物は水芭蕉の根っこ

水芭蕉の魅力

清流が水芭蕉を育てる

「おぜ」とは「尾瀬」あるいは「生瀬」。「浅い水湖中に草木の生えた状態」つまり湿原の意味。
この湿原は6000~7000年もの長い年月をかけて作られた。尾瀬は東西6㎞・南北2㎞、東京ドーム約8,000個分の広さ。

特にこの湿原は、燧ヶ岳(ひうちがたけ)、至仏山(しぶつさん)、会津駒ヶ岳、田代山、平ヶ岳など、さまざまな山で囲まれている水流のど真ん中。それらを源流とする高層湿原。

その清き流れが水芭蕉を育てている。

清流が水芭蕉を育てる

川の流れに沿って水芭蕉が咲いている。

ワクワクしながら、水芭蕉に近づく

木道から降りてはいけない。残念だが、水芭蕉を守るため。

ワクワクしながら、水芭蕉に近づく

白い大きな花びらのような部分は、植物学的には花弁ではなく、葉が変形した苞(ほう)。(ホーニャン!)

②白い花を撮る時はホワイトバランス調整

カメラ、特に一眼レフカメラにはホワイトバランス機能がついている。状況に応じて設定することができる。天気が晴れ、曇り、雨、そして朝か夕方かなども光を調整できる。夕焼けなどもその機能を使うことで、美しい色を再現できる。

でも、面倒だったらオートに設定すればいい。
今のスマホは頭がいい。全てをスマホに任せれば光もピントもOK。しかもスマホは軽い。

白い花を撮る時はホワイトバランス

白い苞と黄色い花。陰影が深みを表現し、光が躍動感を演出。

並んで咲くのは家族だから

水芭蕉の白い部分が苞(仏炎苞)。水芭蕉の花は黄色い棒状の部分。その中におしべとめしべがある。そこから生まれる種が並んで流れて、自分の居場所に落ち着く。新しい家族として。

白い苞はまるで横浜にある帆船日本丸を思い出す。

並んで咲くのは家族だから。

主役は真ん中の水芭蕉。白を美しく撮るには陰影も必要。

「花びらは?」「ごめん、私は苞なの」

花は中心の黄色い円柱状の肉穂花序にあり、花びらの「びら」が肉眼では見えない。花びらは美しいという思い込みから、つい苞に心が奪われてしまう。

「花びらは?」
「ごめん、私は苞なの」
水芭蕉の会話が聞こえてきませんか?

花びらは? ごめん、私は苞なの

水芭蕉の黄色い部分、花びら4枚、めしべ1本、おしべが4本。

③水芭蕉を下から撮るので下半身を鍛える

尾瀬の水芭蕉は背が低く、木道の下で咲いていることが多いので、カメラを地面近くに持っていく必要がある。しかも、標高1,660mの尾瀬ヶ原まで歩いて行ける下半身を鍛えて、体の準備をしておく必要がある。

水芭蕉を下から撮るので下半身を鍛える

ハートフルな水芭蕉。「美しい思い出」「変わらぬ愛」
そんな花言葉にぜひ添えて欲しい一枚です。

自然を守る意義

尾瀬は誰が管理している?

東電HD。尾瀬国立公園は群馬県片品村、福島県檜枝岐村、新潟県魚沼市にまたがり、東電HDは全体の4割に当たる約1万6千ヘクタールを所有、管理している。

尾瀬は誰が管理している?

2,356mの燧ケ岳。山頂にオコジョに会うために登ったのだが、風が強く、オコジョを見つけることはできず、早々に退散。

尾瀬を守る人々

尾瀬国立公園

尾瀬を守った長蔵小屋の平野長蔵氏

2007年8月の尾瀬国立公園に指定されてから人間による破壊は激減した。しかし、近年、ニホンジカによる湿原や林内の食害や踏み荒らしも問題となっている。
湿原の美しさや、高山植物、湖沼などの自然環境は一度破壊してしまったら、元には戻らない。守るにはどうしたらいいか?
尾瀬に行く度に考えさせられる。

尾瀬ヶ原ダム計画を永住覚悟で守り続けた長蔵小屋の平野長蔵氏のように命を懸けて守った人を尊敬してやまない。

尾瀬を守った長蔵小屋の平野長蔵氏

尾瀬の歴史と未来

尾瀬の歴史

約数万年前に燧ケ岳が噴火して、只見川や沼尻川がせき止められて、尾瀬ヶ原と尾瀬沼が生まれたという説がある。
長い間、静かに眠ったように自然を営んでいた尾瀬。ところが人間、特に首都圏を賄う水量のために尾瀬を沈めて、ダムを作ろうという話が出た。国と東電が協力し、1919年にダム建設を着手。ところがもちろん反対派が出た。文部省と厚生省。そして、平野長蔵氏。彼が長蔵小屋に永住し、尾瀬を守ると宣言した。1966年、反対派の強い意見で尾瀬ヶ原のダム計画は延期。その後、1996年に計画中止と決定した。反対派の大勝利。

その後、東電HDは各自治体と尾瀬保護財団を設立。2007年には尾瀬国立公園として認定された。

尾瀬の未来

湿原の美しさ、高山植物、湖沼などの自然環境、そして学術的価値の高さ。尾瀬はこれからも守るべき価値ある存在。長い年月をかけて生まれたこの天空の湿原、日本最大の高層湿地帯だから。

湿原には、水芭蕉やニッコウキスゲ、ワタスゲなどの高山植物だけでなく、トンボや甲虫類も多様に生存している。未来にもこの大切な自然を残したい。

守ろうみんなで!

尾瀬を訪れる人々が足で踏み付けて、湿原や登山道周辺を荒らし、汚水等による水質や水生生物、植生の改変、靴底からの移入植物の進入など、生態系を破壊してしまう。
また近年、ニホンジカによる湿原や林内の食害や踏み荒らしも問題となっている。
これらの問題をどう解決するか? 
未来に尾瀬を残すために私たちが何をできるか?

平野長蔵氏の功績を高く評価し、日本全体で尾瀬を守ることが大切です。尾瀬の写真を撮りながら、そんなことを思った。

このブログは毎月1日と15日に更新。皆様の訪問を心からお待ちしてます。

尾瀬の魅力を知った後は、尾瀬の清流のお酒やドレッシング、尾瀬の天然水をご購入ください。必ずご満足頂けます。

尾瀬の雪どけ 純米大吟醸 桃色にごり 生酒


群馬 お土産 片品産えごまドレッシング


【ふるさと納税】尾瀬のおいしい水3ケース


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AI画像の旅:イタリア

栄枯盛衰の歴史を語る

ローマ繁栄の足跡

バチカン市国:サンピエトロ寺院

バチカン市国の象徴。朝からすごい行列でびっくりです。

バチカン市国:サンピエトロ寺院
painted by Ms.Distel

歴史の重み:コロッセオ

バスでぐるぐる一周してから、内部に入り、古代の人々がここでライオンと戦ったのかと想像。ちょっぴり余韻に浸る。

歴史の重み:コロッセオ
painted by Ms.Diste

消滅の危機:ベネチアを描く

水の都:カナル・グランデ

ゴシック建築のドゥカーレ宮殿の内部は豪華な装飾や絵画で見応えあり。ベネチアのお土産に購入したのはテーブルクロス。美しい伝統的な刺繍が施されていて感激、日常品もアートフルです。水の都だけあって、ボートが絵のモチーフになりますね。

水の都:カナル・グランデ
painted by Ms.Diste

アートの世界

芸術の都:フィレンツェ

花の都:ルネサンスの中心地

フィレンツェは「花の都」という意味。街全体が美しいアート。ミケランジェロの丘から眺める街の前景にため息をつくばかり。
丘にはたくさんの牛の彫刻。イタリア人には牛は神聖。スペインのように戦う相手ではないようです。

花の都:ルネサンスの中心地
painted by Ms.Diste

最先端のミラノ

世界的なファッションの泉

ファッションの発信地ミラノ。アーケードが特別美しい。
チョコレートばかりのベルギーショッピング街と違って、様々なファッションやアイテムが飾られていた。

世界的なファッションの泉
painted by Ms.Diste

ショッピング街を歩くおしゃれな人々。香水の香りが強烈。

中世に栄えた古都

美しき塔:シエナ

聖母マリアに捧げた鐘楼

聖母マリアに捧げた鐘楼
painted by Ms.Diste

シエナに到着したのが午後遅く、ちょっと暗くなってしまったのが残念。でも、ポストカードを印刷しているお店などを見学できて、とても楽しかった。マンジャの塔は高さ88m。でも登らないで、旧市街をうろうろ歩き周り、最後にカフィでケーキを食べながら、扇型のカンポ広場の美しさを味わった。

海岸線の美:アマルフィ

中世の海洋国家

中世には、アマルフィ公国(アマルフィ共和国)として自立し、繁栄を極めた海洋国家。ユネスコの世界遺産に登録されている。

街を散策している時に迷子になってしまったが、教会が目印になって、ホテルがすぐ見つかった。 ウッラ😊(助かった) 

中世の海洋国家
painted by Ms.Diste

イタリアはどこを歩いてもアート。まさに国全体が芸術。簡単なスケッチを100枚ぐらい描いて帰国。日々感動の連続だった。感謝💕

イタリアは食べ物だけじゃないのね。
そういえば、「バンビーノ」ってイタリア語?
小鹿ではなく、子供のことだったなんて。
ローマの休日を見て、始めて知りました。
そのバンビーノためにイタリアのファッションはいかがですか?

ご自分のお子様、そして贈り物にも最適



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AIイメージでドイツ旅

憧れのドイツ

ノイシュバンシュタイン城の謎


今、美しいクリスマスカードを眺めている。ドイツのDistel夫妻からの大きなカード。ノイシュバンシュタイン城の絵とそこに達筆な文字で書かれている文面。その旅先での写真が添えてある。「謎だらけの城と城主」と大きなタイトルまでついている。ドイツ滞在中にお世話になったご夫妻カールとミナ。家族のように親切にして頂いた。特にミナには掃除の仕方まで教わったほど。

白鳥のいる風景

川面に浮かぶ白鳥に心ひかれる

7歳の時ドイツに恋をした
painting by Distel

絵を描く原点がドイツ

小学一年の入学時、父からの贈り物は世界の国々の写真が掲載された本。見事な装丁でワクワクしながら開くとそこには別世界が存在した。そこでひときわ印象に残ったのが白鳥。白く優雅な羽を川面に反映させ、悠々と泳ぐ白い鳥たち。私が住んでいた近くの川(鬼怒川)では一度も見たことがない。しかも、河岸の建物や橋の美しさ。すっかり心を奪われてしまった。
ドイツに行きたい。そしてドイツの絵を描きたい
それ以来の私の夢、生きる目標になったドイツ。

レンガ造りの古都

ローテンブルクの街並み

ローテンブルクの街並み
painting by Distel

ドイツ南部のバイエルン州にあるこの古き街は日本の平安時代初期頃からの歴史を持つ。30年戦争や世界大戦にも焼けなかったのは、日本の江戸時代のように、長きに渡り、栄枯盛衰のの状況だったことがその理由。世界の潮流から取り残され、静かに暗い街だったから、相手にもされなかったのだろう。
おかげで古き良き時代の姿を残すことができた。災い転じて福となる。
今はドイツ観光になくてはならない価値ある存在になっている。

マルクト広場を中心に花で飾られた清潔感あふれる建物が続いている。ドイツ人は世界一、家を長く、きれいに保つ国民です。

古都バンベルク

バイエルン州にある古都バンベルク
painting by Distel

バンベルクは大学都市であり、ビールのおいしさでは断トツ。バイエルンの真珠とも称される古都。大戦の犠牲にならず、千年の歴史を保っている。

上の絵は、レグニッツ川の中に建つ旧市役所。14世紀の建築でこの建物専門の修復を行う建築家とその場で遭遇した。「素晴らしいですね、ブンダバー」と声をかけると笑顔を返してくれた。

花を愛するドイツ人

ドイツはどこに行っても窓辺を飾る花々を見ることができる。窓辺だけでなく、家々の庭も花盛り。クリスマスの時期になると、朝市には美しい花を並べる沢山のブース。男女問わず、花束を胸いっぱい抱えて、帰宅する人が多い。

花かごに花いっぱい

花かごに花いっぱい
painting by Distel

カフィの庭にも咲き乱れる花々

カフィの庭にも花いっぱい
painting by Distel

教会の存在価値

街のシンボルは教会

マイセン風景

マイセン風景
painting by Distel

ドイツでは宗教改革以後、カトリックとプロテスタントが半々を占めていた。しかし、昨今、キリスト教を信仰するものが減少。私が最初に訪れた頃も既に若い人々は教会に行かないという選択肢を選んでいた。それが最近では、過半数を占めている。

教会が街を見守る

教会が街を静かに見守っている
painting by Distel

ドイツでは建物を無計画に作るのではなく、古き良き建物をリフォームして使う。私が住んでいたアパートは約90年の築年数。それをドイツの友にいうと「新しいわね」と言葉が返ってきた。90年が新しい? 摩訶不思議。
しかし、ある日の午後、震度3の地震があったとき、慌てふためく人々を見て「ああ、そうなんだ」と納得したことがある。
地震や火事がなければ、家は長持ちするはず。木造りだって100年は持つ。災害がなければですが。

その地震の余談ですが、翌日の新聞に「地震で恐怖に襲われた女性が3階の窓から飛び降りて負傷した」と小さな記事が掲載されていた。いかにドイツに地震がないかが分かった瞬間です。

ノイシュバンシュタインの謎二つ

戦争の要塞ではない謎の城

秋のノイシュバンシュタイン城

ノイシュバンシュタイン城
painting by Distel

ノイシュバンシュタイン城とは、ノイは新しい、シュバンシュタインは白鳥。白い白鳥という意味のこの城はバイエルンにある。ルートヴィッヒ2世が借金まみれの末に建築をし、未完成のままであの世に行ってしまった。

謎は二つ。

なぜルートヴィッヒ2世は亡くなったか?
なぜこの城を作ったか?

なぜルートヴィッヒ2世は消えた?

1869年9月に建設開始。日本では明治維新の二年目。版籍奉還や東京遷都が行われた頃。しかし、その莫大な費用のため、当時の内閣との紛争の結果、精神異常者としてベルク城に閉じこめられた。その翌日、自殺か、他殺か、湖畔を散歩中に亡くなってしまった。今では、岸辺に木製の十字架が建てられている。私はその河岸、シュタルンベルク湖畔でボートに乗ったことがある。その時「なぜ亡くなったのだろうか?」を考え続けていた。

★付き添いの医者が命じられて彼と一緒に湖に身を投げたのか?
★幽閉され、自由を奪われて生きる気力が無くなったのか?
★単なるボートの上での事故?
当時のルートヴィッヒ2世は写真で見るような若くてハンサムな男ではなく、太って見る影もなかったのではないかと思う。

ルートヴィッヒ2世はこの世からは消えてしまったが、あの洞窟や空っぽに見えるノイシュバンシュタイン城の中を悠然とさまよっているような気がする。城内の冷たい空気の中を歩いていてそんな心持になった。多分、それは私だけの体験ではないのでは。

なぜこの城を作ったか?

足を伸ばし、鍾乳洞の奥深くまで行き、ルートヴィッヒ2世に思いを馳せた。彼はノイシュバンシュタイン城を戦争のためでなく、あくまで自分の趣味を優先するために築造した。彼が城より熱心に作ったという神秘的な鍾乳洞を散策し、その舞台のような豪華さを見て、確かに戦争目的ではないと確信した。
鍾乳洞を奥深く進むとそこにはまるでオペラを上演できるかのような舞台が築かれ、透明に輝く氷の柱の中で実に神秘的な雰囲気を醸し出していた。これが城よりもルートヴィッヒ2世が作りたかったものだった。ワグナーの曲をここで演奏したかったに違いない。これが彼の本当の目的だったのではないか。
孤独を愛する王のための壮大な空間。彼の見える城は多分永遠に完成しなかっただろう。彼の目的がそこにはなかったから。

城に車は乗りいれることはできず、徒歩か、馬車でいくしかない。だからこそ、排気ガスで汚れ切ったケルン大聖堂と同じ時代の建物にも拘わらず、美しい姿を維持できている。走れば15分で下ることができる。しかも、麓には美味しいランチを提供してくれる店が沢山ある。
皮肉にも世界的な観光スポットになってしまったノイシュバンシュタイン城。正直、ルートヴィッヒ2世のおかげで、世界中から観光客がやってくる。現代人にカジノで費やす人はいても、こんな文化的な無駄遣いができる人はいない。ても、借金はすでにすべて返却できたのではと私は思う。世界からの観光客があれだけ訪れているのだから。

世界遺産に2024年登録

基礎的な部分はコンクリートでできていて、水道まである近代的な城。そのため、世界遺産には長い間、認定されなかったが、2024年にやっと世界遺産に登録された。
ロマンティック街道の終点として、世界の観光スポットとしての価値を認められたのだろう。日本の姫路城とも友好関係を築いている。

小さな礼拝堂

ただ、この城は遠くから見るのにはいいけれど、中は空っぽ。人が住んだ形跡がないから、後から運んだ価値のない展示物だけ。入り口も裏側はベニヤ板で応急措置。
しかし、城の上に昇ると寝室の近くに礼拝堂。それはロイヤルブルーに金の星が輝き、夜空の雰囲気。多分、すべて空っぽでは観光客ががっかりするから、せめて少しは楽しんでという願望がその小さな礼拝堂だったかも。

もし、時間があったなら、麓のホーエンシュヴァンガウ城の内部の見学をお勧め。ルートヴィッヒ2世が幼少期に住んでいたこの城の内部はすべてアートフルで豪華です。

ドイツの教会の今後

ドイツの教会や宗教がどう変化するか?

例えば日本。無宗教といいながら、神社やお寺にお参りする。神も仏も信じないといいながら、いざ災難というと「神様 仏様」と祈ってしまう。それが人間の弱さかもしれない。多分、ドイツ人も教会にはいかないけれど、思想的にキリスト教が根底にあるはず。長い歴史的な遺伝子は体内に必ず残っている。

最後に2025年2月のドイツの総選挙はかなり混迷したようですが、投票率が80%以上という結果。政治に深く関心のある国民性を反映してます。

絵の旅人Ms.Distel(日本語でアザミ)本名は山田みち子。これからもお楽しみに!  

幸せのおすそ分けをしませんか。ぜひあなたの真心を託してプレゼントを楽天市場から。

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魔女の宅急便アニメ舞台

クロアチアは、バルカン半島の西側、アドリア海沿岸にある美しい国。かつてはユーゴスラビアに住むクロアチア民族。第二次世界大戦中に「クロアチア独立国」が誕生。その後の紆余曲折の歴史を経て、現在の美しい姿になった。

モチーフ探し紀行文

スタジオジブリのアニメ映画「魔女の宅急便」の舞台になったクロアチアのドゥブロブニクが、少し前に内戦で空爆を受けていたなんて。旅するまで何も知らなかった。人々の愛と労力があってこその美しい街、貴重な世界遺産です。

ドゥブロブニク散策

ドゥブロブニクの城壁から
painted By Ms. Distel

城壁の上を歩く散策コースがあり、美しい風景を眺め、魔女の宅急便の世界に浸りました。

ドゥブロブニクのおしゃれなカフィ

ドゥブロブニクのおしゃれなカフィ
painted By Ms. Distel

散策の後はもちろんカフィ。フェスティバルという赤いテーブルクロスの店でケーキセットを注文。美味しかった!

ドゥブロブニクの路地裏

建物の途中途中に路地があり、そこから見える風景がお見事。
とても絵になる風景。女性は後から描きこみました。

ドゥブロブニクの路地裏
painted By Ms. Distel

クロアチア・ザグレブへ

クロアチア最大の都市ザグレブ
painted By Ms. Distel


クロアチアの首都ザグレブ。旧市街が美しいだけでなく、街中を歩くだけでアートフルな気分に浸ることができる。

自然はプリトヴィッツェ湖群国立公園が代表的。私も一日かけて散策したが、透明感のある滝や湖沼、そしてスノウドロップの白い花に心奪われました。途中、おしゃれなレストランで地元料理パスタで元気を頂きました。

クロアチアの島が美しい

アドリア海にオレンジの屋根が宝石みたい。

コルチュラ島

クロアチアの島コルチュラ
painted By Ms. Distel

アドリア海に地震は?

ドゥブロブニクで泊まったホテルはアドリア海岸に地下から行き来できた。毎朝、地下の出入り口から外に出たのだが、なんと警備員は猫。白い猫がいつもお出迎えしてくれた。朝早くの時は、なんと海岸にまでついてきて、しばらく海を一緒に眺めていた。
言葉はにゃーん。一言で通じたようだ。
ホテルが海岸線と同じ標高。日本では考えられない立地条件。しかし、ホテルのベルボーイ君の話では、
「地震なんて知らないよ。津波なんてみたことないし」と
明るい笑顔、片言英語で話してくれた。
「ツナミをしらない。でも空からの砲撃は知っているよ」
明るい笑顔が一瞬消えた。自然より、人災が大きい爪痕を残す場合がある。彼の眼はそう言っているように見えた。

ホテルの警備係の猫

ホテルの警備係の猫
painted By Ms. Distel

クロアチアの歴史

クロアチアの歴史は古く、古代ローマ時代やオスマントルコ、ハプスブルク帝国の支配も受けていた。その後、ユーゴスラビアの支配下にあったが、1980年チトー大統領の死後、民族主義者が台頭し、1991年6月に「クロアチア共和国」としてユーゴスラビアから独立宣言。

ところが、その後、ユーゴスラビア連合軍の砲撃でドゥブロヴニク旧市街が破壊された。これがクロアチア紛争の発端。旧市街はその約80%が破壊されたそうです。紛争が終結したのは1995年12月。それから住民の復興作業が行われ、私が訪問した時は、ほぼ98%がもとに戻ったと地元のタクシー運転手さんが誇らしげに話してくれた。でも城壁から見渡すとまだ破壊されたままの爪痕があちこちに見え隠れしていた。

戦争や紛争は宗教、民族、領土争い。様々な理由はありますが、どれも結局、破壊作業。文化や生活や人々を破壊し、幸せを食い尽くしてしまう。

何もなければ、美しいアドリア海に穏やかな気候。地震も津波も台風もない世界。紛争さえなければ、最高の世界になるはず。クレ・クール寺院

バチカン半島は火薬庫

バルカン半島は世界の火薬庫。歴史でそう学んでいた。クロアチアの歴史どころか、その存在さえ知らなかった学生時代。ユーゴスラビアの紛争は何度も耳にしたが、それが、クロアチアやセルビア人に結びつかなかった。

今回の旅で、セルビア人の少女と出会って、紛争などまるでなかったかのような、その屈託のない笑顔に感動した。

少女の名はアデル

少女の名はアデル
painted By Ms. Distel

ホテルで出会った少女の名はアデラ。瞳の美しい女の子。

今のクロアチア

クロアチアのドゥブロブニク

今のクロアチアのドゥブロブニク
painted By Ms. Distel

今のクロアチアは紛争もなく、農業生産も好調で、平和な国といえる。
スプリットという街にも行ったが、朝市でたくさんの人々が交流し、平和を満喫していた。

少女アデラの願い

アデラは現在、ホテルのフロントで働いている。空爆で両親を失って、ホテルの支配人に助けられたという。
「どうか、今の平和が続きますように」と、英語とドイツ語で語りかけてきた。その美しい瞳に圧倒された。悲劇はもういいと、アデルは最後につぶやいた。

少女アデラの願い
painted By Ms. Distel

この美しい街を守りたい

クロアチアには世界遺産に認定されたスポットが10もある。
バルカンの火薬庫といわれた国が世界の宝石と称号を変えた。
この平和がいつまでも続くように祈りながら、旅を終えた。

大国に支配され、独立し、また支配されるという繰り返しの歴史を持つクロアチア。今でこそ平和で美しい宝石のような国となったが、またどこかの大国の標的になるかもしれない。

どうか、そんなことが起こらないよう祈るばかりです。
日本が支配されなかったのは、極東の島国、大国から遠い存在だったという地理的なものかも。また江戸末期、海外勢から日本を守ろうという勇気ある人々がいたから。
クロアチアの帰国の便でそんなことを考えていました。

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絵の旅人Ms.Distel(日本語でアザミ)本名は山田みち子。これからもお楽しみに!   

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世界最古大賀ハスの写真

泥水を糧に美しい花を咲かせる蓮

世界最古の大賀ハス

世界最古の大賀ハスはクローン?

世界最古のハス

1951年、大賀一郎博士が、千葉市検見川にある東京大学検見川農場の落合遺跡で、2000年前の蓮の種を発掘。その種を元に発芽・開花させた蓮を大賀ハスと称している。

大賀博士は発掘した芽を開花させることに成功しただけでなく、国外内、惜しみなく分け与えた結果、現在、2000年前の蓮が世界中で美しい花を咲かせている。まさにハス・クローン

大賀ハスのスライドショーをお楽しみください!

観賞用ハスの栽培をする東大生

その後、観賞用蓮品種の研究が続けられ、2010年、西東京市の田無キャンパスに移設され、東大生態調和農学機構となり今日に至っている。

大賀ハスの写真集

田無キャンパスに移転する前年に、千葉市の検見川にあった東大緑地植物実験所で公開された際に、早朝からカメラを担いで撮影した大賀ハスの写真をごゆっくりご鑑賞ください。2000年前、同じように咲き誇っていたのではと想像するだけでわくわくしませんか。

写真術:蓮を美しく撮る3つのコツ

Mr.Soutanの写真術:蓮を美しく撮る3つのコツとは?

①蓮の花の開花は朝早いので早朝から撮影

②蓮の花は開花時期より、開花時間が大切

③構図の切り取り、視点、露出を変える

①蓮の花の開花は朝早いので早朝から撮影

深夜の一時頃からゆるみ出し、早朝7時~9時頃に全開。

深夜の一時頃からゆるみ出し、早朝7時~9時頃に全開。

腰を下ろし、花を見上げ、光と影を意識して撮る。

腰を下ろし、花を見上げ、光と影を意識して撮る。

葯(やく)の美しさを蝶になった気持ちで上から撮影。

葯(やく)の美しさを蝶になった気持ちで上から撮影。

花びらが全開するのは、7~8月中旬頃まで。しかも早朝。
全神経を集中し、シャッターを押す。

花びらが全開するのは、7~8月中旬頃まで。しかも早朝。
全神経を集中し、シャッターを押す。

②蓮の花は開花時期より、開花時間が大切

蓮の花の開花時間帯
日の出とともに咲き始め、7~9時頃に満開を迎え、9~10時を目安に花は蕾へと戻り始める。午後になると咲いている花はほとんどなく、翌日散ってしまう。美しい存在は薄命かも。

蓮の花の開花時間帯

細い茎に大きな花びら、風が吹くと揺れるため、ピンボケになってしまう。ピント(焦点)がピッタリ合う瞬間を待とう。

細い茎に大きな花びら、風が吹くと揺れるため、ピンボケになってしまう。ピント(焦点)がピッタリ合う瞬間を待とう

背景をぼかすことで、花びらの陰影や花びらの透明感を表現。

背景をぼかすことで、花びらの陰影や花びらの透明感を表現。

同じく背景をぼかし、花びらや葯(やく)の軽やかさを表現。

同じく背景をぼかし、花びらや葯(やく)の軽やかさを表現。

③構図の切り取り、視点、露出を変える

何を撮るか?撮る人のセンスも関係するが、その時しか得られない偶然性の出来事、チャンスを生かすのも大切。

何を撮るか?撮る人のセンスも関係するが、その時しか得られない偶然性の出来事、チャンスを生かすのも大切。

花びらが一枚一枚、まるで踊っているかのような柔軟性を表現。

花びらが一枚一枚、まるで踊っているかのような柔軟性を表現。

「これから一緒に咲こうね」と蕾を誘うような表情を表現。

「これから一緒に咲こうね」と蕾を誘うような表情を表現。

背景を深緑色にぼかすことで、白い花びらを一段と美しく表現。

背景を深緑色にぼかすことで、白い花びらを一段と美しく表現。

写真コラム:白黒からカラー

なぜローマの休日は白黒?

写真が白黒、テレビも映画も白黒。それが1935年にカラーフィルムが開発され、1941年には、日本初のカラーフィルムが発売された。

余談ですが、そのカラーフィルムの一番乗りは野口英雄博士だったそうです。黒いスーツの胸ポケットに黄色い花を挿して撮影。写真を撮られるのが大好きだったらしい。

その後、1981年にソニーから「マビカ」というカメラが発売されてから、フィルムからデジタル、そして、今のスマホ付きのカメラへとすごいスピードで変化し続けている。

そこで映画「ローマの休日がなぜ白黒か?」
とふと思った。
学生の頃、始めて映画館で見た時、オードリー・ヘプバーンの美しさに声も出なくなるほどびっくりした。
「美しい!こんな美人が世界にはいるんだ」
先日、久しぶりにビデオで鑑賞。自分でも驚いたが、カラー映画を見ている今の自分が、白黒映画に感激している。
白黒だからこそ美しく見える主人公、そしてローマの風景。

当時はすでにカラー映画が出ていた。「風と共に去りぬ」などはローマの休日より前の作品なのに総カラー。

なぜローマの休日は白黒?
調べてみると予算がなかったからという理由。ローマでの撮影となるとアメリカの映画会社としてはお金がかかりすぎる。
そのために白黒だったということらしい。
でも、本当に美しく、ヒロインを撮影し、ローマの魅力を再現している。カメラスタッフの技術力が当時の最高峰だったことも幸いしている。白黒映画、白黒写真。これからも残って欲しい。

付録の「白黒写真」

昭和40年代に学研の付録に「白黒写真」というのがあり、大いに理科への興味が湧いた。当時はカメラはとても高級で子供が持つことなど夢のような時代。しかし、撮影の基本が理解できる楽しい付録シリーズだった。
多分、それがもとで写真に関心を持った人々が多いと思う。

時代の進歩はとにかく速く、理解するどころか、ひたすら追いかけて走っている状態。しかし、写真がデジタルになって、そのためにパソコンが使えるようになったのは儲けもの。

人生、無駄な経験はないということです。

蓮の花言葉は「清らかな心」

蓮の花言葉は、「清らかな心」
ハスが泥の中から美しい花を咲かせる姿から付けられた花言葉と言われている。そして清らかな心は悟りの世界を表している。
即ち、蓮の花は仏教における最上の花として、悟りの世界を象徴する花となっている。

蓮は泥の中に根付いて水面上にきれいな花を咲かせる。
蓮は泥より出でて泥に染まらず」という言葉もあるように、泥の中にありながら、まっすぐに茎を伸ばし、美しく咲く姿が、煩悩に溢れた俗世に染まらず、清らかに美しく生きる姿が悟りを開くことを目指す仏教の教えに通じる。

インドでは、インダス文明の頃から神聖化され、今は国花とし大切にされている。ちなみに呼び方は「ロータス」英語読み。

大賀ハス:クローン技術

大賀一郎博士にノーベル賞を!

大賀博士が2000年前のハスの種を見つけた場所は、千葉県検見川の落合遺跡。弥生時代の発掘現場、地下6メートルの場所。そこで発掘できたのはたった3粒。博士はその2粒の種を失敗。三度目の勝負をかけた3粒目が見事発芽、そして開花した。

実は博士、ハスの研究を始めてからすでに30年以上が経過していた。もっとも、ハスに興味を持ったのは子供の頃。近くの神社の池に咲いているハスに心を奪われた。それからの人生、全てハスに捧げた情熱が成功の要因だったといえる。

博士は学生たちの力を借りて、その種を増やし、欲しいという人々に分け与えた。そして今、2000年前のハスが全世界で花を開花し、人々を楽しませている。ハスのクローン技術は素晴らしい発展を遂げている。

ハスは古代において、花の美しさばかりでなく、生活の必需品だったに違いない。根や実に様々な薬効があり、食用としてもミネラルや食物繊維が沢山含まれている。

大賀博士は30年以上の研究の成果で、ハスの生態を熟知していた。だから、6mも深い発掘作業の中で、たった3粒を発見できた。一般人には考えられない非常識な行為。でも、博士は自分を信じて実行した。そして、世界最古のハスを発芽、開花させた。

1965年に82歳でこの世を去ってしまったが、たぶん、あの世でもハスの研究を続けているはず。

大賀博士の偉大な業績にノーベル賞を!
ぜひ記憶に留めて欲しい大賀ハス!

大賀ハスを撮影しながら、ハスだけでなく、様々な知識が得られる。やはり写真万歳。
毎月1日と15日に更新。お楽しみに☘️

ハスの写真を楽しんだ後は、ハスの商品がお勧め💑

ハスの花は鑑賞するだけでなく、美白効果もあるそうです。ハスの実は薬効成分、ハスの地下茎であるレンコンを食べると多分、美肌だけでなく体全体にいいかも。お勧めです。

手乗りハス 小舞妃 ポット苗


花ハス:中型品種(草丈)(肥料付)


ハスの実 1kg(胃腸機能を高め、疲労回復、むくみ予防他)


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楽々AI画像:Ms.Distel

Ms.Distel(山田みち子)にとって、旅は絵のため、絵は旅をするため。そんな人生を歩みながら旅先でたくさんの絵を描き続けて30年。それらの作品を紀行文を添えてお送りします。

イギリス・フランス
モチーフ探し紀行文

絵を描くことは私の幸せ。
今回は、わが青春の思い出のロンドンとフランスのモン・サン=ミッシェルを描き、紀行文を添えました。楽しんでね。💕

美術館散策

ロンドンには美術館や博物館が多々あります。その中でも有名なのが大英博物館、ナショナル・ギャラリー、テート・ギャラリー、ヴィクトリア&アルバート博物館等々。
私が最初に訪れたのは大英博物館と帝国戦争博物館。

なぜ?

道筋がわかりやすかったからという理由と料金の安さから。貧乏学生だった私には、とにかくお金がなかった。

たしか、帝国戦争博物館でゼロ戦闘機を見た記憶がある。ロンドンに不時着したと記載されていた。二度目に訪れた時は見当たらなかった。残念でした。

イギリスで特に印象的だったのは、大英博物館で出会った北斎展。今でも思い出すことがある。

次にテート・ギャラリー。この美術館には毎日通って、キャンバスの裏まで見つめるように時間をかけて眺めていた。そんな私に館長さんが何度も声をかけてくれて、絵の説明をしてくれた。点描画の作品などは下絵の絵具の色まで教えてくれた。入館料無料の客にここまで親切に対応する館長さん。イギリスはなんて素晴らしい国だろうと感激の日々を過ごした。

そこで出会ったのは、印象派の作品、モネやセザンヌ、シスレーやドガ。しかし、私が一番感銘を受けたのは、ピサロ。カミーユ・ピサロの大作の前に行ったときに、雷が打たれたようなショックを受けた。百年頑張って描いても勝てないと悟った。

それ以来、日本にピサロの作品がやってくるときは必ず会いに行くのだが、みんな小さな作品。あの大きな作品は幻だったのかと思う日々です。

ビックベンと赤いポスト

◆赤いポストとビックベン

赤いポストとビックベン
painting by Ms.Distel

1859年の7月、ビックベンはロンドン市内に時間を知らせる鐘を鳴らした。約96mの高さから流れ出る音は、私が学校で聞いていた音と同じだったので不思議に思って調べると、元祖はビックベン。日本の学校が真似たらしい。ありがとうビックベン!

テムズ河岸を歩く

◆テムズ川からのビックベン

テムズ川からのビックベン
painting by Ms. Distel

テムズ川はターナーの絵でなじみがあり、何度も河岸を歩いた。朝日、夕日、そしてターナーの描いた淡い曇り空。どんなときにもカモメが飛び交っていて、ホテルの朝食のパンの残りをおすそ分けした。朝食のパンは真っ黒こげで実にまずかった。でも、このホテル、クリスマスが近づくころから毎朝素敵な朝食を運んでくれた。なんとクリスマス・イブには七面鳥でもてなしてくれた。今でもその味を忘れることができないほど。七面鳥を食べたのはそれ一回きりだから。

テムズ川の河岸のベンチは私の休息場所。静かに座っていると、必ず老婦人がそばに寄ってきて、何かを語りかけてきた。

理解できないロンドンなまりの英語だったが、相づちを打っていると、老婦人の顔が笑顔でいっぱいになり、やがて「神に感謝」といいながら離れていった。私がよほど孤独な人間で「助けてあげた」と自己満足したようにも見えた。

ただ私はテムズ川の風景に感動していただけなのに。
私は川の畔が幼い頃から大好きで、時間が少しでもあると、川の畔でヒバリの鳴き声を聞きながら、昼寝をしていた。

ロンドンはとにかく全部好きです。

そして水彩画家のターナーもあの何とも言えない淡い雰囲気が大好きです。

モン・サン=ミッシェル&二都物語

モン・サン=ミッシェルは描きたいと願い続けた憧れの地。

◆朝もやのモン・サン=ミッシェル

朝もやのモン・サン=ミッシェル
painted by Ms. Distel

苦難の歴史

日本の飛鳥時代、和同開珎が作られた頃にモン・サン・ミッシェルは小さな礼拝堂として生まれた。その後に厳しい戒律で知られるベネディクト派の修道院が増築された。13世紀ごろに今のようなゴシック式の建物になったが、14世紀頃には、要塞として使用された。

その後、フランス革命後は監獄として利用された。

内部の地下に大きな木造りの車輪があり、それを囚人が動かすことで、動力エネルギーにしたと説明を受けた。車輪の間に人が乗り、足を動かすことでエネルギーが生まれる。過酷そのものの世界だったようです。

19世紀になってやっと教会としての役目、信仰の砦としての存在を確立できた。

1979年にユネスコの世界遺産に任命されて今に至る。
西洋の驚異と言われるこの美しい存在物は信仰があるなしにかかわらず、人の心をつかんで離さない。

オムレツを食べる

このモン・サン=ミッシェルには名物料理がある。オムレツです。世界中から訪れる信仰者たちをアネット・プラーネ夫人が迎え入れた時にふるまった料理。疲れ切った巡礼者のための料理。
現代人のように、近くまでバスで行って、贅沢な舌で味わうのとはわけが違う。
昔は肉や野菜、果物は島に運ぶのは大変。そこで素早く調理できる卵料理をふるまう。
美味しい味を求めるのではなく、歴史を知るために食べるなら、それはそれでいいのではと思います。

三度目の訪問は姉を同行した。その時に姉にアドバイス。
「オムレツを給仕しているウェーターさんにボクといえば、少ない量にしてくれるから、ボクボクと言ってみて」

姉は周囲からまずいと聞いていたので、さっそく「ボクボク」と連発したら、ほかの人の何倍も皿に盛りつけてくれた。

フランス語でたくさんは、日本人にはボクと聞こえる。

姉は「あのウェーターさん、私に気があるのかしら」とのんきに喜んでいた。もちろん、全部食べた後、味がしなかったとぼやいていたが。

イギリスのヒストリー

イギリスの歴史は日本の江戸時代初期、グレートブリテン王国として誕生した。日本に始めてきたイギリス人はウイリアム・アダムズ。その彼を側近として、西洋のアドバイザーとして家来にしたのが徳川家康。さつまいもを日本に伝えた人物でもある。

1598年、ウイリアム・アダムズはオランダの東方遠征隊で日本へと向かった。当時、ヨーロッパでは大航海時代が到来し、アジアや新世界へと交易を開始したが、イギリスはかなり遅れ気味。
スペインやポルトガルが海上を制覇、オランダやイギリスは後進国としての存在だった。しかし、1588年にスペインの無敵艦隊はドーバー海峡(アルマダ海戦)でイギリス艦隊に敗北、さらに帰途に暴風雨にあって、大多数の船が沈没してしまった。

結果、スペインの制海権は消失、イギリスにとって代わられてしまった。世界でも栄枯盛衰の例はたくさんある。

その事実を知った上でのウイリアム・アダムズの日本での生活。徳川家康にその事実をていねいに説明することで信頼を得ることができたといえよう。

イギリスとオランダ、そして日本とのつながりはそうした歴史的な背景によるもの。もし、ウイリアム・アダムズが何事もなく、イギリスに帰国していたら、その後の家康の思想や行動はなかったに違いない。ウイリアム・アダムズはオランダ、イギリス、日本の懸け橋になった人物といえよう。

同じ島国、かたや産業革命などで世界を席巻した過去を持つイギリス、一方、島国の門戸を閉ざし、小さく自国を守る平和な時代を築いた日本。

現代社会はどちらを高く評価するのか?

余談ですが、ロンドン美術館の多くの作品が、植民地から運んだ貴重品。大英博物館で最初に見たものがエジプトの象形文字。

「そうか、イギリスの文化は略奪品」

でも、それがあったからこそ、大切に保管されて今日まで人々を楽しませてくれている。日本だったら、とうに消失してしまっただろうと妙なところで感銘している自分がいる。日本の江戸時代の芸術作品の多くが大英博物館に保管されている。ありがたい。

◆本に囲まれた生活は幸せ

本に囲まれた生活は幸せ
painting by M.Distel

二都物語

二都物語は、時代はフランス革命前後。ロンドンとパリを時間的、空間的、思想的に描いた作品。二人の青年、カートンとダーニー。そしてイギリスに住むルーシーという女性。彼女の父親は無罪でありながら、牢屋に閉じ込められていた。

二都物語の内容はとにかく複雑。日本語に訳した中野好夫氏、加賀山氏や佐々木氏などを心底尊敬する。日本語ですら、私には理解するのが困難だった。

その内容の中で、二つ、深く残っているところがある。
当時のパリやロンドンの道路の悪さ。馬車で泥を踏みながら走ることで道路はかなり傷んでしまう。
徳川家康はこのことを知っていて、馬車は走らせなかった。
それから、フランス革命で盛り上がっている男性たちを、玄関先で編み物をしながら眺めている婦人たちが描かれている。

時代の流れの中で人々が悩み、苦しみながらも、自分の信じる行為を最後まで全うしたことをこの小説は描いている。

感動した小説ですが、しばらくはその余韻を保ったままでいたい。読み返す気力が湧くのはいつの日のことか。とにかく疲れました。あまりにすごい本の内容です。
(パリから列車でロンドンに行く間に読んだ本です。)

旅の感動と思い出に感謝

旅をする前は、なんの期待もなく、何となく行くという正直、あまり前向きではない心境の私。でも、飛行機を降りて、未知の空気を吸い込んだ瞬間に、目も心も体も日本にいたようなふわふわした気分は吹き飛びます。

毎日が未知との遭遇。人間にとって好奇心は行動力のエンジンです。そして、もう一つ、なぜか絵が描きたくなります。そして夢中で描く自分をそのまま平然と受け入れているもう一人の自分がいます。

これって、私の幸せかも。
これからも描き続けて行きます。

◆歩きながらモチーフ探し

歩きながらモチーフ探し
painted by Ms. Distel

絵の旅人Ms.Distel(日本語でアザミ)本名は山田みち子。これからもお楽しみに!  

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art

幸せを招くAI水彩画

空間の美・花とインテリア

人生を豊かに幸せにするアイテムは花とインテリア。そんな二つを描きました。見るだけであなたを幸せな世界にお誘いします。

旅先のホテルやカナダ、ヨーロッパの友人宅を描きました。
思い出に写真はありません。記憶からイメージして描きました。かなり本物より良くなってしまったかもしれません。
思い出は美化されがち。美しいところ、楽しい思い出のエッセンスだけが残り、それをイメージしました。

生活空間を彩る花

カナダの友人の家のリビング

カナダの友人の家のリビング
painted by Ms.Distel

毎週3回、通いの掃除専門の女性が家中をピカピカにしてました。奥様は彼女の後ろからチェックする係。友人であるご主人はその間、私のバンクーバー市内案内役。楽しい時間でした。

ニュージーランドのホテル

ニュージーランドのホテル
painted by Ms.Distel

朝の光の中で目が覚めました。エリザベス女王も宿泊した部屋。部屋の前には花壇があり、様々な花が咲き誇っていました。

ドイツの友人宅に招かれて

ドイツの友人宅に招かれて
painted by Ms.Distel

マイセン焼きが所狭しと飾られていました。おばあちゃんが愛用していたと話されてました。ピンクのバラが見事でした。

ノルウェーの知人のお宅

ノルウェーの知人のお宅
painted by Ms.Distel

シンプルで美しいインテリア。奥様の趣味だそうです。

視覚的な美:色彩や形

季節や自然の息吹を感じる

ドイツ滞在中に訪問した友人宅

ドイツ滞在中に訪問した友人宅
painted by Ms.Distel

花好きの彼女は庭にもたくさんの花を育てていました。外からの風がレースのカーテンをなびかせていました。

スイスのホテルのフロント

スイスのホテルのフロント
painted by Ms.Distel

レセプションから少し離れた控室の窓辺の花。普通の家の窓辺にも花が沢山飾られて、夏のスイスは国中が丸ごと美しい。

アムステルダムのホテル

アムステルダムのホテル
painted by Ms.Distel

ホテルの入り口から少し入ったところに飾られていました。さすがチュリップの国です。季節を身近に感じました。

個性的な美:素材やデザイン

インテリアは心地よさをもたらす

ハイデルベルクのホテル:朝食タイム

ハイデルベルクのホテル:朝食タイム
painted by Ms.Distel

コーヒーの香りと焼きたてのパン。毎日の朝の日課でした。パンが運ばれてくる間、窓の外を眺める時間は最高でした。

フランスの友人宅の応接間

フランスの友人宅の応接間
painted by Ms.Distel

映画監督までされていた友人の家に招待されて、思わず、素敵と叫んでしまいました。ミルクのたっぷり入ったコーヒーが好きな彼は個性的で好みがはっきりしてました。そんな彼の家ならではの個性的なインテリアでした。(二回結婚されて、二回離婚)

オーストリア人のご主人を持つ友人宅

オーストリアのご主人を持つ友人宅
painted by Ms.Distel

夕食に招かれてお腹を空かして訪問。でも、とても軽い食事でびっくり。いつも朝と晩は軽く、中間のランチはごちそうよと友人は笑顔で答えてくれました。

家族全員がそれぞれの個性を重んじる姿勢に感銘。どの部屋もそれぞれ好みの壁紙を張ったり、何が好きかをはっきりと主張しているインテリアでした。

イギリスの友人宅

イギリスの友人宅
painted by Ms.Distel

おしゃれな部屋は奥様好み。ご主人様は背が高く、190cm以上。とてもやさしい笑顔で私を歓迎してくれました。ご夫婦の大好きな色は青。家中が静かな海の底のようなイメージでした。

自分の居場所

友人のアパートメントは古い外観

外観は古いアパートメント
painted by Ms.Distel

しかし、室内はゴージャス。ワンちゃんたちもゆったり気分。自分の居場所があることはとても大切。築年数150年だそうです。

コーヒータイムでおしゃべり

コーヒータイムでおしゃべり
painted by Ms.Distel

ハイデルベルク大学で席を並べた友人から招待され、楽しい時間を過ごしました。特にアジサイが食卓に飾られているので感激。
「実はアジサイは日本の花よ」と話すと彼女がすごく驚いていました。彼女は子供のころからアジサイが大好きだったそうです。

人生の豊かさとは

衣食住が満たされるだけではない

パリのホテルの朝食:入口の果物籠

パリのホテルの朝食:入口の果物籠
painted by Ms.Distel

ご自由にどうぞとスタッフの方からの声掛け

ホテルの廊下の奥のコーナー

ホテルの廊下の奥のコーナー
painted by Ms.Distel

ベルギーのホテルの片隅で心打たれた飾りつけ。

ドイツの古城で見つけたワンシーン

ドイツの古城で見つけたワンシーン
painted by Ms.Distel

白い花が古城にピッタリ合っていて最高でした。

実はドイツに滞在した時の部屋

実はドイツに滞在した時の部屋
painted by Ms.Distel

小さな丸いテーブルはとても重宝してました。花や果物は朝市で購入。花瓶はホテルのオーナーにお借りしました。

毎朝のパンとコーヒー

毎朝のパンとコーヒー
painted by Ms.Distel

パンは籐のかごいっぱいに盛られていて、花も必ずテーブルに飾られていました。

イメージ作りがAI水彩画の基本

人生の豊かさは花やインテリアなどで美しさや安らぎを得ること。決してお金だけではない。
私にとっての豊かさは自分のイメージを具体的に描くこと。思う通りにはなかなか描けませんが、楽しみながら続けていこうと思ってます。

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人生の豊かさは楽天で。こんなものが欲しかったというものをぜひ見つけてくださいね。

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